さてここからは、オリコンチャートから演歌の推移をはかっていきたいと思います。

 現今、オリコンというかシングルレコード(CD)の売上と世間の認知度がまったく比例していないので、この手のランキングに価値を見出すことが難しくなりました。
 俗に言うAKB商法と言われるもののせいで、ランキングが一気に無価値に近くなったのは誰しもが思うことでしょうが、もちろんかつてはそうではなかった。
 少なくとも演歌に存在感があった頃まではオリコンチャートを見れば時代がわかる、という時代であり、だからオリコンチャートを見れば演歌の栄枯盛衰が一発で把握出来るのです。

 オリコンの創業は1967年で、ランキングの発表を始めたのが翌1968年です。
 Page1にてアタシが定義した『演歌が本格化するのは甘めに見ても1970年代に入ってから』というのを事実と仮定するなら、まったく問題はありません。
 とにかく、最初に年間ランキングを発表した1968年のシングルベストテンを見ていきます。

1位 星影のワルツ(千昌夫)
2位 帰って来たヨッパライ(ザ・フォーク・クルセダーズ)
3位 恋の季節(ピンキーとキラーズ)
4位 小樽のひとよ(鶴岡雅義と東京ロマンチカ)
5位 恋のしずく(伊東ゆかり)
6位 花の首飾り(ザ・タイガース)
7位 サウンド・オブ・サイレンス(サイモン&ガーファンクル)
8位 ゆうべの秘密(小川知子)
9位 マサチューセッツ(ビー・ジーズ)
10位 シーシーシー(ザ・タイガース)

 この中で「小樽のひとよ」はムード歌謡に属する楽曲ですが、どこかまだ望郷ソングのニュアンスも引きずっており、さらに和風テイストが入っているので演歌に聴こえるかもしれませんが、やはり、演歌とは違います。


 続いて1969年ですが、全部を書き出すとキリがないので抜粋で。

2位 港町ブルース(森進一)
7位 池袋の夜(青江三奈)
8位 長崎は今日も雨だった(内山田洋とクールファイブ)
10位 長崎ブルース(青江三奈)

 このあたりもムード歌謡で、ま、1969年前後がムード歌謡全盛期ということになるのではないかと。
 さらに続いて1970年。

5位 逢わずに愛して(内山田洋とクールファイブ)
10位 京都の恋(渚ゆう子)

 さらに1971年。

1位 わたしの城下町(小柳ルミ子)
4位 傷だらけの人生(鶴田浩二)
6位 よこはま・たそがれ(五木ひろし)
8位 雨のバラード(湯原昌幸)
9位 望郷(森進一)

 この辺になると「どちらかと言えばムード歌謡だが、かなり演歌寄り」な楽曲が増えてきた印象があります。
 というか、ここに挙げた5曲はムード歌謡とも言い切れず、何というか、純度が高い歌謡曲のような気がする。演歌とも違うけどムード歌謡とも違う、既存のどのジャンルに入れても違和感のある、<流行り>を巧みに入れ込んだ最大公約数的楽曲とでもいうのか。

 余談ですが、前年1970年公開の植木等主演「日本一のヤクザ男」の主題歌「今日が命日この俺の」は見事なまでの歌謡曲アレンジで、それまでパロディ的に他のジャンルを歌うことがあったものの、ベースはスイングジャズおよびマーチであり続けた植木等ならびにクレージーキャッツですが、ドストレートな歌謡曲アレンジ、というのは「ついにクレージーも時代の流れに逆らえなくなったか」と思わされます。

 で、運命の1972年です。

1位 女のみち(宮史郎とぴんからトリオ)
2位 瀬戸の花嫁(小柳ルミ子)
5位 悪魔がにくい(平田隆夫とセルスターズ)
7位 京のにわか雨(小柳ルミ子)

 まさに、突然、という感じで、Page1で指摘した通り、演歌のパロディとして「女のみち」が登場します。
 2位(「瀬戸の花嫁」=望郷ソングとアイドル歌謡の中間のような楽曲)に大差をつけての1位で、しかもこの年唯一のミリオンセラー。まさに演歌レボリューションの年と言えます。
 ただし「女のみち」をよく聴くと明確に演歌のパロディではありながら、強烈だった<時代の流れ>への迎合も垣間見られ、ところどころムード歌謡ならびに歌謡曲チックな箇所が存在しています。


 それでも「演歌が本格化した年は」となると、とりあえずはこの年を挙げないわけにはいかない。
 さらに1973年。

1位 女のみち(宮史郎とぴんからトリオ)
2位 女のねがい(宮史郎とぴんからトリオ)

 いやぁ、ぴんからトリオ、恐るべし。
 しかし逆に言えば、ベストテンに入ってる他の楽曲はすべてアイドル歌謡を含む歌謡曲なのです。
 こうなると、こうも言えるようになる。
 ムード歌謡は<夜の匂い>を消すことで、歌謡曲に進化した。そして<夜の匂い>を担う代替として演歌が台頭したのではないか、と。
 そうは言っても演歌として売れているのはぴんからトリオだけで、まだまだ本格化したとは言い難いのが実情です。
 どんどん行きます。1974年のベストテン。

1位 なみだの操(殿さまキングス)
3位 うそ(中条きよし)
6位 夫婦鏡(殿さまキングス)
7位 くちなしの花(渡哲也)

 ぴんからトリオと入れ替わるように登場したのは同じくお笑い出身(ただし芸人というよりはコミックバンド)の殿さまキングスです。
 これまた「女のみち」同様の特大ヒットですが、実際、ぴんからトリオの「女のみち」に触発されて、ということらしい。まさに目論見通りというか。


 ここで注目なのは、「ムード歌謡最後の意地」とでもいうか、この年、2曲のムード歌謡がランクインしているのです。
 この2曲は歌謡曲ではなく、かなり純度の高いムード歌謡で、当然<夜の匂い>を包括している。
 この年以降、複数曲のムード歌謡がランクインすることはありませんから、最後の意地と言っても過言ではありません。
 続いて1975年。

1位 昭和枯れすゝき(さくらと一郎)

 ぴんからトリオも殿さまキングスも消えたと思ったら、謎の「さくらと一郎」なるデュエットが登場。んでこれまた演歌のパロディだという。


 この年「時間ですよ・昭和元年」という大ヒットドラマ「時間ですよ」のパロディとも言える作品が放送されました。
 時代設定をそれまでの現代から昭和初期に移したのですが、おそらくプロデューサーの久世光彦には「暗い世相をパロディ的に扱う」という発想があったんだと思う。
 そして劇中歌として登場した「昭和枯れすゝき」の歌詞は「船頭小唄」や「天国に結ぶ戀」の優れたパロディであり、「度を超えた悲惨さ」というパロディ歌詞、歌唱もあざとさ全開、という、あきらかに<笑い>のニュアンスが濃いものでした。

 さて、ここまで登場した「女のみち」、「なみだの操」、そして「昭和枯れすゝき」の3曲には「どうです?<やりすぎ>でしょ?みなさん、遠慮なく笑ってもらって結構ですよ」というニュアンスが濃厚で、たしかに演歌は演歌なんだけど「マジメに聴くことも可能と言えば可能」というレベルです。
 それがわかってか、パロディ要素のない演歌はなかなか登場しなかった。いや登場しなかったと言えば語弊があるけど、これからは演歌の時代だ!と読み切ったプロデューサーがあまりいなかったのではないか、と思わないこともありません。

 ところが、作った、そして歌った当人たちの思惑と世間の受け取り具合にはかなり乖離があったのではないかと思われます。
 というのもこの年、松竹が「昭和枯れすゝき」という楽曲を<マジメな映画>として作ってしまったのです。当然主題歌は「昭和枯れすゝき」です。
 つまり当人たちは「笑ってください」というつもりでも世間は「マジメなものとして受け取った」人がかなりいたのではないかと。

 これは後年ですが、ムード歌謡のパロディとして「雨の西麻布」をとんねるずが歌ったのですが、中間の台詞とラストのひと言以外は「少なくとも歌詞にかんしては」フザけたところがなく、比較的高年齢層の聴取者が多い有線を中心に人気が出た。


 要するに、今はともかく、「雨の西麻布」が発売された1985年頃まではムード歌謡および演歌への潜在的需要が相当高かったはずで、となると「女のみち」から「昭和枯れすゝき」までの3曲が「パロディではなくマジメな演歌として浸透した」というのはわからない話ではないのです。

 そしてその需要にとうとうレコード業界も、プロデューサー連も気がついた。
 ムード歌謡や望郷ソングを歌っていた歌手に、パロディ要素のないマジメな演歌を歌わせれば、売れるのではないか・・・?
 で、1976年のベストテンです。

3位 北の宿から(都はるみ)
5位 岸壁の母(二葉百合子)

 ベテラン二葉百合子の「岸壁の母」は望郷ソングに近いのですが、注目は何と言っても3位の「北の宿から」です。


 ついに、パロディ要素のない演歌が、本格的に売れ出した。3位という順位は若干低く感じる向きもあるかもしれませんが、1位の「およげ!たいやきくん」は準童謡であり、2位の「ビューティフルサンデー」は外国曲(しかもオリジナル)です。(12位に田中星児のカバー盤も入っている)
 つまり、通常のルートで発売されたレコードとしては一番売れている。さらにこの年のレコード大賞をも受賞した。これはパロディ三部作とも言える「女のみち」他にもなし得なかったことです。

 そして一番大きいというか、「北の宿から」が「マジモンの演歌」と認められた証拠と言えるのは、Page1で書いたように演歌嫌いで知られた淡谷のり子から名指しで批判されたことでしょう。
 幼少より浪曲と民謡を嗜んだ都はるみはそれまで、どちらかというと望郷ソング歌手寄りでしたが、「北の宿から」の歌唱法は後の演歌歌手のお手本となるような歌い方になっている。
 演歌の歌唱法は民謡に近い。というか民謡の歌唱法がほぼそのまま演歌の歌唱法になったというべきか。
 だから、民謡出身の都はるみや小林幸子などが演歌界で幅を効かせるようになったと思うわけで。

 続いて1977年ですが、この年のベストテンには演歌は入っていない。しかし16位に入った「津軽海峡冬景色」は、というよりは歌唱者が石川さゆりというのはエポックメイキングだと言えるはずです。


 石川さゆりは民謡出身ではないし、ムード歌謡出身でも望郷ソング出身でもない。
 1973年、石川さゆりは「アイドル歌手」としてデビューしたのです。石川さゆりは今も美人ですし当時から整った顔立ちでしたが、これは売り出し方がマズかった。
 あまりにも、当時のトップアイドルだった桜田淳子に寄せすぎており、桜田淳子のトレードマークであったキャスケット帽子までほぼ同じ感じで<ハス>に被らされていた。
 顔立ち自体も桜田淳子と石川さゆりは似ているのに売り出し方まで模擬したものだったせいか、アイドル時代の石川さゆりは典型的なB級アイドルだったんです。


 しかし、このタイミングで、大胆な方向転換に出た。何とアイドル歌手からいきなり演歌歌手へと舵を切ったのです。
 ただ、ここままお読みいただければご理解していただけると思いますが、アイドル歌謡と演歌の歴史はさほど変わらない。オリコンチャートを見る限り、アイドル歌謡の先駆は1971年の「17才」(南沙織)であり、むしろ演歌より古いくらいです。
 ま、どのみち、どちらもここ5、6年、かなり甘めに見ても10~15年のうちに出来た、きわめて新しいジャンルであることには違いなく、さらにいえばまだどちらも所詮は<流行歌>(音楽的特色が弱く、売上優先で作られた、という意)であることには違いないわけで、当時の感覚としてはそこまで大胆な方向転換とは思わなかったんです。
 それでも、ムード歌謡でも望郷ソングでもなく、演歌に目をつけたのは、それだけ演歌が日の出の勢い(逆に言えばムード歌謡や望郷ソングが凋落傾向)だったとも言えるわけで。

 さあ、ついに「演歌の時代」が始まったのですが、Page3ではいよいよ「演歌の衰退」について書いていきます。

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