よく2ちゃんねるだか5ちゃんねるだかがつまらなくなった原因として「嘘松」という言葉が流行ったからだ、みたいなことを言われるんですがね。
いや、言葉として流行ったかどうかというよりも、本当か嘘かで話の面白さなんか変わらない、と常々書いてきたし、そもそも他人さんの体験談なんか嘘だろうがホントだろうが、マジでどうだっていい。さらに言えば、たかが不特定多数が集まる掲示板に嘘を書こうが、しかも体験談的な嘘なんだから悪いことなわけがないわけで。
ま、それは大前提として。
アタシの考えとして、どれだけ面白い、いや面白い云々というよりは「良く出来た」お話し、つまりはフィクションですよね、よりも、アタシというたったひとりの、そこまで修羅場をかい潜ってきたわけでもない人間でもですよ、現実に起こったことの方が<はるかに>奇想天外なことがあった。それも一度や二度ではない。
これは今度詳しく書く予定ですが、フィクションを創作するにおいてきわめて重要だと言われているのが「伏線」というヤツです。
伏線をどれだけ張り巡らせられるかは「面白いフィクションになるかどうか」というか「終盤に行くに従って面白さが加速度的に上がる装置」なので、「あえて伏線を張らない」場合を除いてはやっぱり伏線はあった方がいい。
さらに、どれだけ淡々と進行するフィクションにもクライマックスが存在する。これも「アンチクライマックス」という言葉があるように絶対ではないんだけど、それでもクライマックスがあった方が大多数の人間の感性として「面白く感じやすい」のは間違いない。
しかしですよ、現実に起こったことなど、まず伏線なんてない。ほとんどが「ある日突然」といった感じで訪れるし、いや、何しろそれまでの「人生」とか「人間関係」すべてが伏線になってるから「膨大な伏線が張ってある」とも言えるんだけど、その伏線が終盤に従うにつれ「昇華」されることは、まずない。いやもう、皆無と言い切ってしまえるレベルです。
これまた当然のようにクライマックスなんかないし、物語もスパンと終わるわけもなく、延々続いていく。
恋愛モノで言えばカップルが結ばれてエンドなのがフィクションだけど、現実ではヒロインが「旦那の屁が止まらない」なんてくだらないことで悩んだりしなきゃいけないわけです。
そういやココでも書いたように、吾妻ひでお作品を<不条理>なんて言ったりしますが、現実ってモンは不条理なんてもんじゃないですからね。むしろ条理的に物事が進む方が奇跡ですもん。
だから「事実は小説よりも奇なり」なんて当たり前すぎるくらい当たり前の話で、だからアタシなんか「まさかそんな展開にはならないだろ」とか「まさかそんな人間いないだろ」みたいな話ほど「ああ、本当の話なんだ」と思う。いやそもそも「作り話なんじゃね?」と疑うこともない。
2007年だから、2023年からすれば16年も前になるのですが、その頃「伝説の92」なんていう、まさしく伝説の2ちゃんねるスレがありました。
ものすごく簡単に言えば「離婚するとなったら自分(=女性側)に非があっても無条件に男性側から慰謝料を貰えると思い込んでいた、まァいや莫迦な女性の話」なんですが、もっと詳しく知りたい方は、と言っても全文読んでもらうにはあまりにも長すぎて忍びないので、要約してあるページを貼っておきます。