えと、2024年と言えば「闇バイト闇バイト」とうるさい年でしたが、さすがに、いくらアタシでも闇バイトはやったことがない。つかれっきとした前科ゼロ犯ですから。

 しかしね、<闇>かはともかく、グレーというかブラックというか、もうギリギリ、みたいなバイトならやったことがある。っても30年以上前の話ですけどね。
 あの、ほれ、いわゆる「デリヘル」ってあるじゃないですか。自らが店舗に足を運ぶのではなく、女の子がホテルなり自宅の部屋なりに来てくれるってアレですよ。
 一応、日本の法律ではデリヘルはグリーンです。ま、あくまで「生殖器同士が著しく密接しないのであれば」ですが。こんな書き方でいいのか。
 しかしその辺はね、わかんないんですよ。もし店舗型の性風俗店であれば、ま、監視が可能か不可能かで言えば可能ですが、基本「範囲内であればどこにでも行く」デリヘルの場合は<嬢>のさじ加減ひとつで、いや<嬢>的には「さすがにそれはナシ」と思っていても店側が「それ込みで料金を取ってるから」となったら断りようがないし、店側がそうした指示を出してるかどうかの証拠を掴むのも難しいわけで。
 しかもですよ。アタシはただの一度も、ま、いわゆる「客」になったことがないので実態というか「中で何が行われているのか」は「わからない」としか言いようがありません。

 で、アンタは何をやってたんだ、と言われたら、簡単に言えば「送迎」ってことになる。つまりアタシはドライバーとして<嬢>をお客のところまで運ぶわけです。
 しかしまた、何でそんなバイトをしようと思ったか、と問われれば、もう「怠け者だから」としか答えようがない。
 もう今は体質というか生活リズムが一変しちゃったんでアレだけど、この当時、ってまだ年代も年齢も書いてなかったな。
 1990年代前半、年齢で言えば20代前半の頃は、もうとにかく朝が弱くてね、典型的な夜型人間だったのです。
 しかも身体を酷使するのが嫌い、でも運転は大好きという人間だったので「朝早く起きなくてよくて、しかも運転するだけ、荷物の積み下ろしもない」ようなバイトを探していたという。
 そんな時にこのバイトを見つけた。ま、求人雑誌かなんかで見つけたと思うけど、さすがにはっきりと「デリヘル」とは書いてなかったと思う。当然察しはついたけどさ。
 何しろそういう業務内容なのでね、勤務時間は、たしか夜の7時から明け方の4時だったと思う。いわば深夜勤務だから時給もそれなりに良くて、これならいいんじゃないかと。

 察し通りと言えば、店の経営者がモロソッチ系で、もう見た目ですぐにわかった。
 ただあまりうるさいことをいうタイプではなく、とにかく言われたのは
「女の子には手を出すな。ちゃんと付き合うとかなら構わないけど、もしモメて、それで女の子が辞めるようなことになったら承知しない」

 あ、はい・・・。

 しかしその辺さえ注意していれば本当に野放しで、かなり自由にやれました。
 一応<嬢>が仕事中、待ってる間に現場付近でポスティングをやれ、というのはあったけど、これは団地を見つけて一気にやればあっという間にノルマは終わる。あとはノンビリしてていい。
 ま、時代が時代だからスマホでも見て、とか無理だけど、別にクルマの中で寝てても構いやしない。
 むしろ難しかったのは「<嬢>とのコミュニケーション」でした。
 もうね、この時つくづく思った。ホントにいろんなタイプがいるんだなぁと。

 一番ラクなのは、とにかくノリが良い子。向こうからどんどん喋ってくれるし「今度遊びに行こう」と誘ってくれたりもする。もちろんアタシはコワいので上手く逃げてましたが。
 逆に、まったく喋らないタイプが一番苦痛で、しかも送迎先が遠かったりしたら1時間くらい無言が続くんですよ。あれはしんどかったなぁ。
 その他で言えば「愚痴タイプ」と「深刻な相談タイプ」がいた。
 愚痴タイプは今しがた相手にした客の悪口を言いまくる。ただこれはアタシとしては聞いてりゃいいだけなのでラクはラクでした。
 深刻な相談タイプはね、とにかく話が重いんですよ。「この仕事を続けるべきか迷ってる」とか友人やカレシと喧嘩した、くらいの話ならまだマシで、病気の家族がいて、とか、DV癖のある元カレに付きまとわれている、とかね、しかも話が終わんないんですよ。
 基本的にひとりの<嬢>についたらその日一日の全仕事が終わるまでその<嬢>の送迎をするんだけど、送迎先についたら「終わったら続きの話をする」みたいに延々続く。しかしさぁ、仕事ってそういう仕事でしょ。そういうことをして、重~い話の続きをよく再開出来るわ。

 もうひとつ、今でも忘れられないのが、もう見るからにお嬢様でね、もう喋る内容も純真無垢、家族関係も良くて幸せそうなの。でも<嬢>の仕事をしてる。
 「何か、やってみたいと思った」とか言ってたけど、今考えればちょっとだけ、軽い発◯が入ってたんだと思う。
 だけれどもこの時はそんなことはわからない。ま、アタシもまだ若かったしね、「何とかしてあげたいな」とは思わなかった、と言えば嘘になります。
 んで唯一、この子にだけは「この仕事、向いてないと思うけどな。辞めた方がいいんじゃない?」と言ってしまった。
 「うん、でも・・・もうちょっとだけ頑張ってみる」と。頑張るような仕事でもないと思うんだけどさ、でも、もしかしたらこの子が一番<闇>が深かったのかもしれない。
 まァね、虚言癖だった可能性もあるし、何もなくて、というか何もしなくて正解だったけど、それでももうちょっと、何か、方法がなかったのかな、と今でも思うことがあります。

・・・おい待て。アンタ何かさっきから気分良く感傷に浸ってるけど、これ何のエントリなんだ?

 いやいや大丈夫です。もちろんわかっていますとも。そうです。今回のDistrictは大阪の南部にある堺市です。
 それはわかってるけど、せめてオチまで話させてくださいな。でないと気持ち悪いから。
 ある日、いつものようにデリヘルの事務所に入ろうとしたんだけど、メチャクチャ物々しい雰囲気で、つかその事務所はマンションの一室だったのですが、もう近づけないのですよ。警官が取り囲んでいて。
 んで翌日行ってみるともぬけの殻だった。おかげでアタシは約ひと月分のバイト代をもらいそこねた。
 ま、警官が取り囲む中、バイト代くれって突入しても良かったんだけど、何しろ「手入れの最中」なわけでね、当然アタシも逮捕された可能性があるし、とっとと逃げて正解ですわな。

 まァ、実際問題、堺市は間違っても「ガラの良い街」とは言えない。現実にアタシがそういう目に合ったわけだし、本当に、多いらしい。ソッチ系の人たちが。
 ただしその分、ちょっと変わったところもあってね、大阪に限らず日本の<街>がどんどん個性を失って<平ら>になっていく昨今、堺市は比較的長い間「ヘンテコさ」をキープしていました。
 というかね、やっぱアタシにとって堺って「夜中の街」なんですよ。ってもこっちの話は至って健全な話です。

 とその前に軽く堺市のことを説明しておきます。というかまずはこれを見ていただきましょう。


 こうやって見ると、大阪府に土地勘のある人でも「堺市って意外と広いんだなぁ」とわかっていただけるはずです。
 堺の歴史はやたら長い。何しろ仁徳天皇陵があるくらいなわけで、Wikipediaでも仁徳天皇陵が出来た5世紀から年表が始まるわけでね。その後も「土佐日記」だの「フランシスコ・ザビエル」だの「織田信長」だの「石田三成」だの「豊臣秀吉」だのといった歴史の授業で出てくる名前がガンガン登場します。


 明治になり、廃藩置県の折には「堺県」として独立した存在になり、奈良県を併合した後、1881年に大阪府に併合されます。
 現在の「堺市」が出来たのは市政制度が出来た1889年。これはもっとも早い施行です。
 以降、堺市は周辺の郡村を吸収し、そして2005年に南東部にあった美原町を併合したことで広大な「堺市」が形成されたのです。

 しかし一般に「堺」としてイメージされるのは北西部、つまり大阪市住吉区と隣接したあたりであり、実際この辺りに都市機能が集約されている、というのは地図を見るだけでもわかるはずです。
 堺市最大の繁華街やデパートを擁する南海高野線の堺東駅を中心に、その東にあるJR阪和線の堺市駅、海沿いの南海本線堺駅の辺りが堺市の中心と言っても間違いないと思います。
 しかしね、こうやって広域の地図で見るとわかりづらいけど、この3駅、実は相当離れている。


 この地図だと一目瞭然ですが、ざっくり、堺市駅→堺東が1.5km(徒歩20分)、堺東→堺が1.8km(徒歩25分)で、似た名称のJR堺市駅から南海本線の堺駅まで徒歩で行こうと思えば何と45分かかる計算になる。
 さらに堺市駅と堺東駅の間には大阪刑務所がある。
 上方落語の「へっつい盗人」(へっつい=かまど)の中に「♪ 天満のオッサン堺へ宿替え~」と歌うギャグがあり、堀川監獄(扇町公園=天満に存在)から堺の現在の場所に刑務所を移したのは1920年です。


 この刑務所の近辺に親戚が住んでおり、以前聞いたところによると「2、3年に一度、不穏なサイレンが鳴る」らしい。どうもこのサイレンは脱走の合図らしいのですが、ホンマかいな。そんな頻繁に脱走とかあるのか?

 そんなわけで、仁徳天皇陵はあるわ、刑務所はあるわ、んでデリヘルもあったわでいろいろカオスな堺なのですが、先ほども述べました通り、アタシの中にある堺のイメージは完全に<夜>、正確には<夜中>なわけですが、これは理由があります。
 あんまり詳しくは書かないけど、アタシは堺から見たら東側、でもギリギリ大阪府内という場所にある大学に通っていました。
 んで、何しろバカな大学生、しかもクルマがあるとなったらね、夜中に友人たちとドライブに繰り出すのですよ。でもクルマとなったら大阪市内は駐車の問題があるし、ちょっと西に行ったら奈良県に入るので、さすがに「夜中の奈良県」は何もなさすぎて面白くない。
 そこで「ちょうどいい」のが堺だったんです。
 ココでも書いたように、当時非常に珍しかった「びっくりドンキー」も堺にあったし、あとUKカフェも、今は夜中はやってないみたいだけど当時はたしかやってた気がする。
 そして何より「天ぷら」です。

 南海本線堺駅のほど近くに「堺魚市場」というものがあります。
 ここの特徴というか、魚市場と考えればそれほど珍しいわけではないのですが、夜中から早朝にかけて<のみ>営業する店があって、その中に「大吉」という天ぷら屋があったんですよ。
 いや「あった」というのは間違いか。令和の今もちゃんと現存するようです。


 って曖昧な言い回しだけど、何しろこの店、軽く30年は行ってない。だからアタシの記憶も1990年代前半で止まっているのですが、バカな大学生にとって「夜中に天ぷらを食いに行く」というのは何とも特別なことに思えたのですよ。
 てなわけで、あくまで「1990年代前半頃の話」として読んでもらいたいのですが、味はもちろん美味い。それは大前提としてね、当時としてもすでに珍しいというか入手困難になりかけていた「鯨の天ぷら」があったんですよ。

 鯨、と言えばアタシが小学生の頃までは当たり前に食卓に並んでた。とくに、あの微妙な「クジラのベーコン」は今もって本当に美味いものなのかわかりません。
 さらに言えば、アタシは神戸市出身で、当然神戸の小学校に通っていたのですが、給食にね「鯨のノルウェー煮」なる、摩訶不思議なメニューがあったのです。
 これ、アタシとトシが離れた人はもちろん、近いトシであっても神戸市民以外誰も知らないと思う。

商業捕鯨の禁止によって、1986(昭和61)年に神戸の教室から姿を消した人気の給食メニューがある。その名は「鯨肉のノルウェー風」。ショウガを利かせた、あの甘辛い味わいは、小学生を夢中にさせた。
(中略)
しかし、「ノルウェー」とか「オーロラ」とか、なぜ名前が北欧風なのか?
神戸市教委に聞くと「鯨はノルウェーでよく捕れますから」。」。(あなたも認定 神戸遺産(2)鯨肉のノルウェー風 おでかけトピック 兵庫おでかけプラス 神戸新聞NEXT


 正式な名前は「鯨肉のノルウェー風」だったのか。ま、そんなことはどうでもいいっつーか『鯨はノルウェーでよく捕れますから』って、名称の理由はそれだけかよ。
 そもそも味もさっぱり、美味かったかマズかったかすら憶えてないし。


 とにかくですよ。
 「鯨の天ぷら」が今も堺魚市場の大吉にあるかはわからない。何しろ30年以上行ってないわけだから。つかさすがに今もあったとしても、それだけのために堺までは行かないよね。今は東京住まいだし、鯨肉くらいなら、ま、少なくとも堺まで行くよりは安易に手に入れる方法はあるし。
 だとしてもですよ、アタシが<堺>として甦る「舌の感覚」は間違いなく「鯨の天ぷら」だし、「性風俗」と聞いて思い出すのはあのデリヘル。
 つか、ココで書いたように、夜中になると何故だか「堺をひとりドライブしながら、カーラジオから「ジェットストリーム」が聴こえてくる」というシチュエーションが浮かぶし、ココで記したように「野犬」と聞くと堺の大浜を思い出す。
 つまりです。住んだこともなければ昼間にさえほとんど行ったことはないのに、これでもか、と言えるほど様々な記憶と堺がガッチリ結びついている。

 ま、天ぷらはともかく、デリヘルとか野犬とか鯨肉とか、真偽不明ながら脱走云々とか、もうギリギリだよな。つか限りなくアウトに近いギリギリだけど。



堺にちゃんと(通過、ではなく)行ったのはたしか2020年、何だかよくわからないメンバーで「焼肉きんぐ」に行ったのが最後になりますか。
つかこれも、夜中ではなかったけど夜だったし、もうマジで堺には昼間のイメージがない。太陽燦々どころか大半の商店が閉まってるみたいな<絵>しか浮かばないのですよ。
ま、堺ったって美原の方はその限りじゃないし、泉北ニュータウンにあったヤングタウン(MBS!じゃないよ。単身者向けの集合住宅。現存せず)辺りはまだ昼のイメージもあるんだけどねぇ。


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