これだけラクすることを考えてもYouTubeってヤツは、いや動画ってヤツは巨大すぎるんですよ。自分の引き出しをほぼ開放してやらないと到底動画なんか作れない。(中略)使えるスキルは全部使わないととてもじゃないけど動画なんか作れないのです。(2024年6月20日更新「酒でも飲みながら」)
テメエがどれほどのスキルがあるんだよ、どうせたいしたレベルじゃないんだろ?と言われたら、もうその通りなのですが、たいしたことがないスキルであっても、それを組み合わせれば、何かちょっと、いろんなことが出来たりするもんでしてね。
もう今はやってないけど、かつてアタシは仕事でジオラマ的なこと(あくまで<的>ですが)をやってたことがあるのですが、当然のことながらアタシにはジオラマの知識なんかなかったんですよ。しかもお手本になりそうな特撮にアタシは興味がない。つまり「やったことはないけど見る分には浴びるように見てた」なんてことすらなかったわけで。
しかしそれでもね、グラフィックデザインの知識と中学生の頃にハマっていたガンプラの知識を<とっかかり>にして、そこからスキルを積み重ねていったんです。
グラフィックデザインはともかくガンプラなんて「よくその程度でガンプラやってたって言えるねw」くらいだったんだけど、たしかにプロモデラーが100ならアタシは1、いや0.1だったかもしれない。
でも「0.1」であっても「0」ではないんですよ。この差はとてつもなく大きい。これ仮に「0」だったら本当にとっかかりがない。でもコンマ1でもあればそこから知識を増やしてスキルを上げて、というのが圧倒的にやりやすいのです。
冒頭の引用の通り、本当に動画制作というのはきわめて<やっかい>なシロモノでして、本職のグラフィックデザインは「当然のこと」として、前回も書いたように波形編集ソフトなどを使った音の扱い方とかね、そういうのも知識をフル動員→知識量&スキルアップの<とっかかり>にしている。
たしかにアタシは昔、ちょっとだけ音楽をやってた。でも胸を張れるほどかというと冗談じゃない。だからなるべく人に言いたくないんです。またぞろ「よくそれで音楽(略」って言われるのがオチだから。
でもこれもまたコンマ1かもしれないけど0じゃない。さすがに「ローパスフィルター?コンプレッサー??」とかにはなりません。
「何となくこんな感じだった。詳しい仕組みはわからないけど」くらいのことを調べまくる。この「調べる」というのもコンマ1くらいの知識はいるわけで、そういう意味ではやっぱり役に立ってはいる。
ついでに喋りの<間>の微細な調整は昔、音だけコントを作っていたことが活かされいる。これも「よくそれで(略」なんだけど、別に何と思われようが「事実役に立ってんだからいいじゃん」としか思わないようにしてる。
さてここからが本題なのですが、「よくそれで」チームの中にはちゃんと「プログラミング」というのも入っています。
今から8年前に「コマンドライン、バンザイ!」というエントリを書いたのですが、要するにアタシの言うプログラミングとは「ソフトウェア(アプリケーション)をイチから開発して、仮に有料ではなく無料であっても配布する気など皆無。ただ自分が便利に使えればいい」だけのものなんです。
つまりアタシにとって「公開」とはソフトの公開ではなく、自作したソフトで出力したものの公開なんです。つかこのScribbleだってそういう感じだし。
となると「自分が便利になるために」「自分が少しでもラク出来るように」プログラミングすることになる。
現時点で動画制作で活用しているのは画一的な画像加工だけです。

これはウチのチャンネルの、まァメイン画面ですが、こうした角丸&ドロップシャドウはPhotoshopのバッチでも出来ないことはないんだけど、より簡便にするためにImageMagickで自動化させています。
あとウチのチャンネルは基本的にフルテロップどころかテロップ自体入れてないんだけど、代わりに重要なワードだったりアタシの滑舌が悪くて何を言ってるかわからないワードに限って、こういう感じでデカ文字を表示させています。

これもImageMagickで自動化出来るんだけど、実はPhotoshopでやってもそこまで手間が変わらないのでまだやってない。ま、いずれやるつもりですが。
他はこういうね、役者とかの紹介の時にこういう画像を用意しているのですが、これも発想の転換があれば自動化出来そうな気がする。
手間暇がかかることってのは、結局こういうせめぎあいなんですよ。
莫大な時間と人材と予算が使えるなら、こんなことはしなくていい。先述の通りアタシは昔ジオラマ的なことをやっていた。ま、ざっくり言えば「アート」ということになる。アートと商業作品の最大の違いは「時間だけはどれだけ使っても構わない」ことで、いくらワンオペでも時間さえあれば動画制作だっていくらでも凝ったことは出来るんです。それは編集もそうだし調査精査もそう。
で、本当に面白い動画を目指すなら調査精査を含めた中身をどれだけ充実させるかで、もしどこか削ってとなったら、それはもう編集を含めた制作ということになる。
これも面白さに直結しやすい<間>なんかは時間をかけた方がいい。でもただ数秒しか表示しない画像に何時間もかけちゃいけない。
つまりそこが「手を抜く」ところで、そういうところに限って積極的に「プログラミングという名の自動化」をする。
アタシにとってプログラミングとは「究極の手抜き」なんです。自分がラクするために、と言っちゃうとアレだけど、時短のためにプログラミングを活用する。
もちろんコーティングするのに時間は食われるんだけど、極端に汎用性を蔑ろにしなければそのコードはずっと使える。だから頑張ってプログラミングするわけで。
だからね、究極は、しっかり調査精査して、構成をちゃんと考えて、んでそこまでやったらあとは自作スクリプトに投げてやれば動画制作に必要な素材を全部揃えてくれる、そういうことです。
ま、それを完璧に実現させるためにはハードルが高すぎるけど、少しずつやっていきたい。手を抜くって悪いことみたいだけど違うよ。むしろ「ちゃんと手を掛けなきゃいけないことにもっと時間を使えるようになる」んだからクオリティは上がるはずだからね。
ただひとつ思うのは、手抜きのポイントがわかってきたってのは、それはちょっとはスキルが上がってきたんだな、と。
つまりある程度のスキルがなければ「手を抜いて大丈夫なところ」と「絶対手を抜いちゃダメなところ」の見分けがつかないんですよ。とくに経験の浅い頃だとその見極めがメチャクチャいい加減です。
スキルがある程度はあるから手抜きが出来る。逆に言えばスキルもないうちから手抜きなんかご法度ってことですよ。
さあ、今後どうやって手抜きしようか。ま、手抜きするためにはその分頑張んなきゃいけないんだけどさ。
