世の中には定番ってのがあって、一度定番が決まっちゃうとそう易々と覆すことが出来ない、なんてことはあります。

だから「新しいジャンル=まだ定番が定まってないジャンル」は我こそが定番である、というのを各社が競い合うことになる。とくに以前書いたAI動画などはGoogleとOpenAIが必死になって競争してるわけです。
しかしすでに定番が決まったものはどうかというと、なかなか後発の対抗馬が生まれづらい。今回はあくまでPCソフトウェアの話なのでそっちに話を持って行くけど、Officeなんか対抗馬すらない。類似商品はすべてOffice<クローン>の域を出ておらず、どれだけOfficeと同じことが出来るかを競ってる。これでは本家Officeの対抗馬にはなれません。(もちろんOfficeクローン内で競ってはいるんだけど)

定番が決まっちゃって対抗馬が現れない、そんな中にAdobeのDTPソフトウェア群があります。
アタシの生業的にというか、ずっとDTPをやっていたので、その辺の事情はわりと憶えています。しかもAdobeは定番を奪い取るという、前人未到は大仰だけどドエライことまでやったことがある。
1990年代までページレイアウトソフトの定番と言えばQuarkExpressで、圧倒的なシェアを誇っていました。当時AdobeもPageMakerというページレイアウトソフトを出してたけど機能が低く、作れるのはせいぜいミニコミ誌程度、プロはというか商業誌を作るにはQuarkExpressを使う、という感じになっていた。

しかしAdobeは1999年になって本気のページレイアウトソフトを出してきた。それが「InDesign」です。これが2000年代に入るとQuarkExpressを駆逐しだした。そしてついにInDesignが「新定番」の座を勝ち取ったのです。
ただしこれはAdobeが圧倒的シェアを誇っていたPhotoshopやIllustratorを出していたからこその逆転劇だったのは間違いない。Adobeが出す、となったら当然PhotoshopやIllustratorとの連係が強いわけで、ちゃんとした性能のページレイアウトソフトを出せば覇権をとれる目算はあったはずです。

アタシもAdobeには絶対的な信頼を置いてきたし、何十年にもわたってAdobeのソフトを使ってきた。
でもね、あまりにもひとり勝ちになりすぎた。サブスクリプション化はしょうがないにしてもあまりにも高すぎる。これを解消するには強力な対抗馬が必要なんだけど、だからと言ってそう簡単に対抗馬は生まれない。それはDTP=印刷会社と密にやらなきゃいけないという特殊事情があったからです。

プロはデザインを作って終わりじゃない。出来たデザインを印刷屋に出さなきゃいけない。でも本当に確実に作った通りに印刷したければ「Mac用Adobeソフトで作った」ものでないと怖いんですよ。
こういう事情があってDTPをやるならMacになったし、そもそもAdobe以外の、しかもフリーウェアに近いソフトはCMYKにすら対応していない。だからもうMac用Adobeソフトを使うしかなかったんです。

それでも突破口がなかったわけではない。
とくに写真加工にかんしてはそこまで印刷は関係ない。プロのカメラマンが使うとなると今度は現像という問題が出てくるんだけど、色味は規格がちゃんとしてるし、フォーマットもそう数があるわけじゃない。ソフトウェア上でRAW現像さえ出来れば、慣れの問題はさておきプロのカメラマンでも使おうと思えば使えるはずです。
それでも定番はやっぱりAdobeだったし、プロのカメラマンでもないし、別に凝ったことはしない。せいぜいYouTubeのサムネイルが作れたら十分、くらいのユーザーが「ちょっと本格的なことをやりたい」となったら結局高いカネを出してAdobe、というかPhotoshopを買うしかなかった。

ぶっちゃけて言えばGIMPなんか取り柄はフリーウェアってだけで、あまりにも扱いづらすぎた。アタシも何度かチャレンジしたけど、こんなの使うくらいならサブスク化する前のお古いPhotoshopを使った方が百万倍もマシだと思った。
そんな中、唯一対抗馬たらんと頑張っていたのがAffinityだった。
たしかにAffinityはPhotoshopに比べたら安かった。しかも買い切りでサブスクではない。でもそれでは「プロ向け」としてはメリットにならないんですよ。つかプロが高い機材だったりソフトウェアを買うのは「安心」の意味合いが大きい。だからAdobeを使う。
Affinityも気になるけど、正直「お試し」でとなるとちょっと高い。セミプロやハイアマチュアだって「将来的にプロになる気なら最初からPhotoshopを選んでおいた方がいい」となる。

しかしAffinityを買収したCanvaは本気だった。本気でAdobeから覇権を奪うべく強烈な施策に打って出たわけです。
Canvaの施策の何が画期的だったと言ってもそのビジネスモデルです。プロが使うものなんだからそれ相応の価格なのは当たり前、というAdobeにたいし、Affinityは十二分にプロが使える機能を備えているけど、あくまで「入り口」である、として、なんと無料化したのです。
この無料化施策は長年DTPに携わっていた人ほど驚いたと思う。GIMPがプロが使うには機能の足りないPhotoshopクローンだったのにたいし、Affinityはプロが使ってもそこまで不足はない。つまりちゃんと仕事で使える。そんなソフトを無料って。いったい何がどうなってるんだ、と。

ただしCanvaは採算度外視で、Adobeを駆逐出来るなら大損こいても構わないと思ってこんな施策を打ち出したわけじゃない。
先ほど「入り口」と書きましたが何の入り口かというと「AIサブスクリプションの入り口」で、AI機能をフルで使いたければAdobe同様サブスクへの加入が必須です。それでも「別にAIはいらない」「他のAIを使ってるから」とかならずっと無料で使えるし、AIサブスクリプションにフル加入してもAdobeよりはだいぶ安い。

こうなると「お試し」したくなるってもんでして、アタシもAffinityをインストールした。もちろんAdobe製品とは使い勝手は違うけど、サムネ程度なら十分じゃね?と。少なくともお古いPhotoshopよりはだいぶ機能が多いし起動も速いので、徐々に移行してもいいかな、とすら思っています。

しかし「移行してもいい」と思えるのは画像加工だけ。AffinityにはAdobeで言うところのIllustratorとInDesignの機能も内包されてるけど、日本語文字の扱いがダメすぎてまるで代替にはなりません。
でも今後、これらが改善される可能性もあり、少なくとも画像加工ソフトウェアだけでも十分風穴は開けたと言えるんだから、これは本当にすごいことをやったもんだ、と心から感服します。

途中で書いたように、かつてAdobeはページレイアウトソフトの定番だったQuarkExpressを駆逐したという業績がある。もちろんこれも書いたようにPhotoshopとIllustratorを擁していたからこそなのは疑えないけど、Canvaはそれらの強力援軍なしに、新しいビジネスモデルを引っさげて本気でAdobeに戦いを挑んでる。
これでAdobeもアグラをかいてられないはずです。つかあのアホみたいに高いサブスクを見直す契機になるかもしれない。

そうなったらいよいよバチバチだね。バチバチ千葉千葉だね。そんなタイマン勝負が見たいわ。



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