1999年というとアタシがほぼゲームから離れてる頃だったのでよく知らなかったのですが、とにかくこの頃にゲームボーイカラー用ソフトとして「メダロット2」ってのが出たらしい。

それが2018年になって再び脚光を浴びた、と書くのも空々しいのですが、この年にリリースされた「マリーゴールド」という楽曲が「メダロット2」のBGMと旋律が同じだと話題になったわけです。
んで、さらに探ると、1995年リリースの小沢健二の「さよならなんて云えないよ」が先の両者と同じ旋律で、さらに「さよならなんて云えないよ」には元ネタがあって・・・なんて流れがあったわけで。
ま、この件はネットでも散々コスられてるので今さらも今さらなんですが、これ、ちょっと、これからの時代ちょっと怖いことになるなぁとね。

さて、すみません。ちょっと元記事がわからなくなってしまったので記憶で書きますが、とにかくオリジナル楽曲を作ったさる外国の方がそれをインターネットにアップしたところ、どうもその曲をまるまる参照したAIが似た楽曲を作成、んでこれもインターネットにアップされたのですが、なんとAIの方が「オリジナル」と判定され、オリジナル楽曲を作った方の楽曲は、まァいや「パクリ」認定をされてしまった、なんてことがあったらしい。
この説明で通じるのかわかりませんが、結局ね、マリーゴールド騒動に通ずるというか、オリジナルってなんなんだって話になってくるわけですよ。

現状、AIにオリジナルを作る能力はありません。過去に「インターネットにアップされた」ものを素材にして、いわばパッチワークで「オリジナルに近い<何か>」を作り出している、という寸法です。
では人間であればオリジナルを作れるのかって話になるのですが、当然のことながら可能は可能なんですよ。ただあくまで「可能は可能」ってレベルであり、実際は「現実的にはほぼ不可能」なんですよね。
というか楽曲というよりは旋律だけど、五線譜の上にオタマジャクシを並べる以上、作れる旋律には限界がある。ましてや「聴いてて気持ちが良い」というか、音楽として成立するとなったらさらに限られる。

はっきり言えば、過去に発表されたどの旋律とも似てない楽曲なんて作れるわけがない。いったい今まで何億、いや下手したら何兆の楽曲が作られてきたと思いますか。そんなの「ほほ無理」です。
だからとくに音楽にかんしては、あまりにも「旋律の類似性」にとらわれるだすと、もう誰も曲を作れなくなる。つまりもはや、胸を張って「オリジナルです!」なんて言えないはずなんです。

そうであれば、です。AIにパクられた外国人のクリエイターの方の楽曲も、それが本当にオリジナルだったのかというと怪しくなる。いや一聴ではオリジナルっぽくあっても、楽曲を解体していって、過去の楽曲すべてと照合したら似た楽曲がなかったのか、と言われるとどうなんだ、と。
それでも今までは、別にそれで良かった。「マリーゴールド」だって作曲者として「あいみょん」という名前が記載されてるし、いくらオザケンが、いやオザケンのも、とか言ったところでアタシには何の疑問もありません。

変な話ですけど、これは一種の<慣例>なんですよ。
アタシは戦前のジャズが好きな人間だけど、そんなことを言い出しゃ、戦前の<和製>ジャズソングと言われてる曲でも「それ作曲者って名乗るのおこがましくない?」みたいなことなんて無数にあります。
もう、誰が聴いてもオリジナルは外国曲のアレっしょ。なのに作曲者欄には日本人の名前が記載されてる。
つまりね、こういうことに目くじらを立てていったら本当に収拾がつかなくなる。だから別に「マリーゴールド」の作曲者はあいみょんでぜんぜん構わないというか。

だけれども、そこにAIが出張ってきて、AIが作ったものこそがオリジナルだという<判例>が出れば、これまでの<慣例>はボロボロになる。過去に作られた全部の楽曲にたいして「オリジナル」を探っていかなきゃいけなくなる。何しろAIには完全なオリジナルを作る能力が皆無なんだから絶対にオリジナルが存在するわけで、それをあきらかにしていくって、もうアタシは音楽文化の破壊だとしか思えないんです。

当たり前だけど、AIにはそれだけのパワーがある。んでそんなパワーのあるものにクリエイティブなことをやらせたら、過去の文化がブッ壊れる。これまた当たり前の話です。
本当にそれでいいのか?アタシはそれこそ昔の音楽や映画をこよなく愛する人間だけど、AIが無遠慮に文化を破壊していく様を見るのはしのびないという気持ちが強い。何故ならAIには<リスペクト>ってもんがないから。ただ素材として使ってるだけだから。

これはもう、絶対そうなんだけど、過去にリスペクトを持たない<何か>が<何か>をやれば、それは崩壊の序章です。
今アタシがこうやって、スマホで駄文を書けるのだって、ものすごい歴史の積み重ねがあるわけですよ。だから過去の偉人にたいして本当に敬意を払わなきゃいけないんだけど、もしそれがなくなって、AIのようにリスペクトも何もなく「使ってやるだけありかたいと思え旧人たちよ」みたいになったら、マジでいろいろと終わる。

何が言いたいのかというと、やはりそれくらいAIの運用には慎重になんなきゃいけないんじゃないの?と。ただ生活が便利になったと喜んでる場合じゃ済まないよ。
もう一度言うけど、AIは本当のオリジナルが作れない。だから文化の破壊はするけど新しく何かを生み出せるわけじゃない。つまり文化が終わる。
それでいいのかね。いやアタシにはわかんないわ。



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