今日は本来であれば野球曜日なんですが、真っ正面から野球の話というよりは、ちょっとだけ野球に関係ある程度のことを書こうかと。というか「野球の話」として読んでもらったらまたぜんぜん違う感じになるみたいにしたいと思います。
さて、いやこれは何でもそうだと思うのですが、結果は出てるけど、どうもしっくり行ってない、なんてことは誰にでもあるんじゃないでしょうか。
この「結果が出ている」というのが<たまたま>というか、それこそビギナーズラックなのか、それとも最適解のやり方だから結果が出ているのか、まずはその切り分けは必要だとは思うんですよ。
もしこれが<たまたま>もしくはビギナーズラックなら、わりとすぐに「あ、そういうことだったのか」ってのがわかるので何も悩む必要がない。問題は「まったくしっくり行ってないのに、なんか<それ>を始めてからずーっと良い結果が出てる」場合です。
まァね、ただでさえ継続し続けることは難しいので、結局継続出来なかった、というのは止むを得ないのかもしれません。
しかし「しっくりこない」という理由<だけ>で結果が出てるやり方を変える人がいる。ま、名前は出さないけど、AIという言葉に引っ掛けられたあの男とかです。
アタシはね、ここが分岐点だと思うんですよ。つまり「今後も結果を出し続けられるようになれるか」それとも「不安定な結果に終始するのか」のね。
では「しっくりこない」ことを1ミリも変えちゃいけないのか、と言うとそんなこともないと思う。ただ変えるのであれば、ここがこうだったから上手くいって結果も出ていたんだ、みたいなね、いわばカンドコロを見つけておかなきゃいけない。
カンドコロさえわかっていれば、ここはもうちょっとしっくりくるように変えても大丈夫、逆にここは絶対変えちゃいけない、というのがわかるはずだから、もしかしたら若干結果は落ちる可能性はあるけど大幅に下落することはないように思います。
ここからはちょっと極端な言い方になりますが、「1ミリなら変えてもいいけど、2ミリ変えちゃうと別物になってしまう」ような場合です。
正直1ミリ単位でいろんなことを調整出来る人なんてまずいないので、ほとんど何も変えられない。でもやっぱ、やってもやってもしっくりこない。
もうね、こうなったら「しっくり行くまで自分を変える」しかないんですよ。スポーツ選手なら練習を重ねて、しっくり行く自分になる。
アタシはそれがプロだと思ってる。つかスポーツに限らずプロというのはそういうものだと。
たとえばプロのカメラマンなら「このカメラ、どうも使い勝手が馴染めないんだけど、他のどのカメラよりも自分の中でベストと思えるような写真が撮れる」となったら、もう死んでもそのカメラに馴染むしかない。つかイマイチな写真しか撮れないのに「使い勝手がいい」ってだけのカメラを使ってるカメラマンとかプロ失格です。
というかですよ、<結果>と<しっくり>が両立することなんて滅多にないですよ。そりゃあ両立出来ればベストだけど、現実はなかなか上手くいかない。
そんな時、<結果>を取るか、<しっくり>を取るか、それでゼニを稼ごうと思うなら<結果>に決まってる。逆に言えば<しっくり>を取るのはアマチュアなんです。
それでもですよ、もう百歩譲ってだけど<しっくり>を選択してね、イマイチからベストとまで言わないけどベターまで持っていけたらいいですよ。でもベターにも届かない、イマイチどころかどんどん悪化してワーストに近づいていってる。なのに<しっくり>にこだわる。こうなるとアマチュアにすら失礼です。
一番最悪なのは「しっくり行ってなかったから」というのを<言い訳>にすることで、いやもちろん<たかが>趣味なら別にいいけど仕事でしっくり行かないを言い訳にするようなら本当に終わってる。つかそんな仕事今すぐ辞めろ。
