いやもう、たぶんこれは老化の一環だと思うのですが、ちょっとね、自分でも、ああ、そうなっちゃうのか、と思ったことがありまして。

これは年齢問わず、誰にでも経験があると思うのですが、嫌なことをやんなきゃいけない時、んで特定の時間になれば問答無用で終わるようなことって誰でも、絶対にあると思うのですよ。めちゃくちゃわかりやすい例で言えば仕事とか。
もちろんノッてやってる仕事の場合は「え!?もうこんな時間?終わりじゃん!」となるケースも多いけど、生活のためだったり、非常にキツい仕事の場合はどうしても「終業時間を気にしてしまう」ものだと思うんですよ。

あと、ま、いろいろあってここ2年ほどは再び映画を見る機会が増えたのですが、これも面白い映画なら「あ、終わったんだ」という、何とも言えない残念感みたいなのがあるんだけと、どうしようもなくつまらない映画だと、もう「早く終わんねーかな」としか思わなくなる。んで、だいたい1時間経ったな、と言うことはあと50分くらいか、みたいな。ほんで「あと30分」「あと10分」みたいに、脳内で終わりをカウントダウンし始める。
さすがにそこまで酷い映画はほとんどないけどね。アタシがYouTubeチャンネルを始めて以降で言えば、そうですね、2015年版の日本のいちば(ry

とにかくです。つまらないことは早く終わんねーかな、と思うのはわりと普通のことで、つまり、つまらなければつまらないほど「終わりの時間を気にしてしまう」ってことだと思う。
これの何がマズいつて、最後の方になると、もう頭の中の脳内時計がずっと回ってる状態になるのですよ。これが映画なんかのエンターテイメントならまだ良いけど、仕事だと正直仕事どころではなくなる。
というか人はともかくアタシがそういう人間なので、終業時間が決められたサラリーマンが本当に向いてなかった。つか間違いなくアタシのゴールに相応しかったのは「やり終わったら、それが終わり」というような仕事のやり方でした。

つまりです。どうも、仕事に限らず「時間で区切られた」ものは昔から苦手だったのかもしれない。
とはいえ、そんなことを言えばほとんどのエンターテイメントは時間で区切られてる。んでアタシは自他ともに認めるエンターテイメントが好きな人間です。ま、早い話がそれじゃ矛盾するってことになるのですが、エンターテイメントの楽しさが時間区切り苦手を凌駕していたってことでしよう。

しかもです。これ実は時間だけに限らない。
本日は一応野球曜日なので野球のことを書きますが、アタシは阪神贔屓ではあるのですが、2012年から2015年まで、かなり気持ち的に野球から離れてました。っても弱かったからじゃない。順位を書けば、5位、2位、2位、3位なので優勝は出来なかったけどけして弱いわけじゃなかった。しかも2014年はCSに勝ち上がって日本シリーズにも行ってる。なのに「野球?まあいいわ」と思い始めていた。
阪神贔屓の方ならその理由をお判りでしょうが、この4年間、阪神の監督は和田豊だった。んでとにかくこの和田阪神の野球がつまらなすぎたんですよ。

この当時の阪神の勝ち方は、とにかく相手先発投手から粘って粘って球数を投げさせて、ちょっと力の落ちた中継ぎから点を取って逃げ切る、みたいな試合が実に多かった。
つまり阪神の勝ち筋は「どれだけ早く相手先発を降板させられるか」だけだった。となると気になるのは相手先発の球数で、もうこの頃には野球中継のテロップで球数表示が出てたからね、試合そっちのけで小さく表示されてる球数をずっと見てたのです。

で、気づいた。なんだこの、つまんない野球の見方は、と。
一投一打どころか、誰が打ったか、誰が抑えたかも憶えてないような、ただ球数とにらめっこするのの何が面白いのか、とね。
これが金本知憲になって以降、たしかに「見てまえ打線」なんて言われたけど、そういう野球はしなくなったので、また面白くなったのですが、もしあのまま和田が監督を続けたと思うとゾッとする。つかもし10年くらいやったとしたら、もうアタシは野球を見てないよ。間違いなく。

で、ですよ。あんまり水を差すようなことは言いたくないし、あくまで老化が始まったアタシだけがそう思ってる、そういうことで勘弁してもらいたいのですが、今回大会のワールドカップを見てね、あ、これ和田が監督やってた時と一緒じゃん、と思ってしまった。
前半はまだいい。問題は後半、とくに本来であればスポーツとして一番盛り上がる「接戦時の終盤」です。

26日に行なわれたスウェーデン戦、アタシの意識は完全に、小さく表示される時計に向いていた。ほんでずっと「アディショナルタイムは?アディショナルタイムは!?」とそればかり気にしていた。
もちろん実際にアディショナルタイムに入ってからも、やっぱ時計ばかり見ていた。もちろんプレーをまったく見てないわけではなかったけど、でももっとも強く意識していたのはプレーではなく「時間」です。

たしかにこれで予選リーグは突破出来たのかもしれない。しかしアタシは妙に虚しかった。これ、面白かったってことになるのか?と。

何度も「そりゃ野球が一番好きだけど、サッカーは嫌いどころかむしろ好き。つか野球の次に好きなスポーツとなったら文句なしにサッカー」と書いてきたし、これも書いたけど、プレミアリーグのアーセナルを心密かに応援している。それは今でも変わらない。
んでW杯についても今まで何度も書いてる。素直に喜んだり悔しがったりもしてきた。

ただ、ジジイになって初めてわかった。あ、アタシは本質的にサッカーに向いてない、と。つか間違いなく「心の底から楽しめてない」と。

つかね、たぶんこれって記憶の問題なんですよ。
「終わりの時間を気にする」というのは間違いなくつまらない場合であり、終わりの時間を気にし始める=つまらない、というふうに脳内変換されるようになってしまったんじゃないか。
つまらない、は辛いと言い換えてもいい。散々そうした辛いことを経験していくうちに、いつの間にかそういうことになってしまった。

つまりW杯が、いやサッカーが悪いとかつまらないという話じゃない。完全にアタシの脳内の問題であって、誰が悪いわけでもないし、強いて言えば悪いのはアタシってことです。
いや悪いとも違うな。どちらかと言えば「老いのせいで変な思考になってしまった」=老害になっちまったってのが正しいか。

ただね、せめて、本当にせめて、勝つ負けるも大事だけど、やっぱ面白い試合をして欲しいな。実際映画なんかも時間制っちゃ時間制だけど、それを凌駕するくらい面白いから好きなわけで、面白ければそこは超越できるはずだから。絶対。



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