たぶん、誰しもが一回は遭遇したことがあると思うんだけど、やたら「脱ぎたがりの女性」というのが存在します。

もちろん真っ裸になるほどではないんだけど、やたらと薄着になって肌を強調してくる。
もちろんアタシも男だから、嫌なものを見た、とは思わない。俯瞰で見ればそうした女性の行為は醜態と言えるのかもしれないけど、それでも性欲が勝ってしまうのが悲しい。
しかし、何故あなたはそんなに脱ぎたがるのか、と問うことは出来ない。
これが自分のカノジョであれば、質問をするのも容易でしょう。しかし残念ながらアタシは「脱ぎたがり」の女性と交際したことはないし、親しい間柄ではない場合、何だか触れてはいけない「心の闇」への質問のような気がして、このトシになるまでとうとう理由はわからないままなのです。

たしかに「酔うとエッチになる」女性は、います。これは男性も一緒で、酒が入ることで性欲が昂ぶる人はそれなりに存在する。
ただ、必ずしも「脱ぎたがり=セックスしたくなってる」ってことではないのですね。
むしろそっちの方が理解はしやすい。性欲が昂ぶってきたので、よりそうしたシチュエーションに近づくために、自らのセックスアピールを強調する。これまた下卑と言えば下卑だけど、そしてこれまたアタシが男性である限り、不愉快でないのが悲しすぎる。

ただこうも言える。
酔ったからこそ、己が解放されて、羞恥心をかなぐり捨ててセックスアピールにいそしむことが出来る、ということは、酔ってない状態では、つまり平時は羞恥心が勝っていることに他ならない。
しかし「脱ぎたがりの女」はそうではない。
何なら、乾杯の前からすでに脱ぎ始めるからで、はじめから、つまり平時から露出に抵抗感がないのでしょう。

先ほどより悲しい悲しいばかり言っていますが、そうした「脱ぎたがり」を見て、これは千載一遇のチャンス、と思ってしまう男性も少なくない。
これはセックスしたがっているに違いない。しかも会話の<感触>も悪くない、となれば、トイレの個室に入って、スマホでラブホテルの場所をチェックする、なんて、やったことがある人もいるはずです。
残念ながらアタシはしたことがない。年齢的にそういうことを期待した時代にはスマホなんかなかったから、だけど、同時に「脱ぎたがり」と性欲は関係ない、と気づいたからです。

脱ぎたがりは露出狂とは違う。ただ、肌を見せることに抵抗がないだけです。もちろん性欲とは関係ないし、そういう目で見て欲しいから脱いでいるわけでもない。
それでもこれだけは言いたい。
はっきりいって、こんな罪作りなことはない。というか「その気になった」男性を莫迦と責めてはいけない気がする。

しかしこうも考えられる。
彼女たちは「脱ぎたがり」なのではなく、そもそも「服を着ていることにものすごく閉塞感、束縛感を感じているのではないか」と。
さすがに、マナーとして仕事中に薄着になることがはばかられる、それくらいは理解しているけど、飲みの席についた途端、そうしたことから解放されて、脱ぎだすのではないかと。
そう考えるなら、やはり解放はしているんですよ。しかしそれは「性欲の解放」ではなく「マナーからの解放」です。そうしたところで相手の男性に気を許していることは事実なのだから、ノーアウト満塁ほどのチャンスではないにしろ、ノーアウト一塁、くらいのチャンスだとは思う。

ほっといても点が入るほどじゃない。コツコツランナーを進めて一点をもぎ取る。そんな野球が男性側に求められる。
何、一点取ればいいんだ。となると、まずはバントを試みるってのが攻略法ではないかね、と思ってみたり。



うん、これは「YSA」の本来の趣旨らしく、Yabuniraに書くかどうか迷うギリギリのラインだな。
ただねぇ、こういうのは「書いてるのがオッサン」とわかった瞬間に、一気に気持ち悪いモノになるんだよね。その辺がやっぱ難しい。ま、結局オミットしなかったけどさ。


シモがかった話 性 メンタル 嗜好品 脱ぎたがり 心の闇 露出狂 閉塞感 開放感 2021年 YSA PostScript 全1ページ