このタイトルでニートのことを書いてもつまらないので、ぜんぜん違うことを書きます。

今まで、本気で何かやったことがありますか?と問われるなら、もちろん、ないことはない。
たとえば、グラグラに煮えたぎった土鍋をテーブルまで運んだ時です。と書けば冗談はいいから、と言われるに違いない。
しかしアタシは冗談で言っているのではない。
いくら熱いからといって、下手したら手にヤケドを負うかもしれないからといって、ここで仮に手を離せばとんでもないことになる。
つまり、それは本気なんですよ。絶対に手を離してはいけない。今、この瞬間は、とにかく土鍋をテーブルに運ぶことだけに全集中する。土鍋の呼吸だ。

やっぱり冗談じゃないか、と言われると、まァ半分は冗談だけど、元来人間というものは、こうした「絶体絶命の状態にならないと本気になれないもの」だと思っていて。
土鍋レベルなら「あーあ」で済むかもしれないけど、この命綱を離したらオダブツだ、とか、ここから飛び降りなければ火の粉に巻かれる、とか、そうなって初めて人間は本気になれる。

そう考えるなら、アタシは命綱につかまったことはないし、ビル火災に遭遇したこともない。せいぜい土鍋を運ぶ程度の本気しか出したことがないとも言える。
「火事場の馬鹿力」(キン肉マン以降、火事場の<クソ>力に変化したけど)などと言いますが、おそらく、我が子が火災現場に取り残されている、としたら、自分でも想像も出来ない能力が発揮できると思うし、平時ではとても持てないような重いものも軽々と担ぎ上げることが出来るはずです。

しかしそれは自分自身の能力ではない。有事が訪れたことによって「偶然手に入れた」、いわばドーピングのようなもの、と言えばいいか。
「明日から本気出す」でも「俺はまだ本気出してないだけ」でもいいんだけど、そんな、本気という名のドーピング、それも自分自身では一切発動をコントロールできないものが、どれだけすごくても、だから何なんだ、としか思わない。
そうか。オレは、ドーピングしない限りは普通のことも出来ないのか、と自分で思わないのか不思議でしょうがないっつーかね。

アタシ自身、有事になれば、つまりは「本気にならざるを得ない環境さえ整えば」ってことだが、おそらくとんでもないことが出来ると思う。
しかしそんなの、待ってられない。下手したら死ぬまで「その時」は来ないかもしれない。
ではどうするか。簡単です。

平時での能力をどれほど高められるか

それだけを考える。これに尽きる。
もちろんポーズとしては、チンタラやってるっぽいのよりは鬼の形相でやった方が本気っぽく見えるので、その方が得をする。チンタラっぽかろうが鬼の形相だろうがホンモノの<本気>とは別物なので能力が上がることはありません。
しかし生きていく上で周りの評価が如何に大切か身に沁みているので、鬼の形相ポーズはやらないよりやった方がいい。

本気かどうかなんて、どうでもいいことなんです。どうせ見る人が見たら、有事ではない限り本気ではないのはわかるのだから。
しかし確実なのは「チンタラやってるように周りから見えるのは損をするだけ」ということです。
なに、所詮はポーズじゃないか。鬼の形相といったところで所詮はただの表情じゃないか。だったらお手軽にそういう表情をしてれば勝手に評価が上がるんだから、こんな簡単なことはない。

ただこれだけは言っておく。
四六時中、鬼の形相だと周りを遠ざけるだけだし、ホンモノに間違えられて、柱たちに狩られても文句をいってはいけない。



いやこのエントリ、お題を提示されてから1時間くらいで「書けたよ」と返信したので驚かれたんですよ。まァね、何度も書いてるけどアタシは「駄文(≠文章)を書く天才」だから。
にしてもこのオチっつーかサゲは今読み返しても見事だわ。しかもちゃんと時流にも沿ってるし。つか「土鍋の呼吸」ってワードが浮かんだ瞬間「出来た」って思ったから。
ってもそこまで「鬼滅の刃」のことは知らないんだけど。


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