2021年4月28日、2018年に起こった紀州のドンファン事件に進展があり、かねてより疑いの目をかけられていた元妻が殺人容疑で逮捕されました。
アタシはこの事件の当事者でもなければ、元妻にしたところで、現段階ではあくまで「容疑」、つまりまだ疑いが濃厚になって「逮捕」という形で拘束されたにすぎない。(現注・実際、その後控訴中とは言え無罪判決を受けている)
だから素人推理を展開しようというのではない、というのをお断りしておきます。
しかし、それにしても「紀州のドンファン」という異名はすごい。しかも自称だと言うのがもっとすごい。
元となったドンファンがどれほど女性遍歴を重ねたかは不明なところも多いのですが、ジゴロの代名詞とも言えるドンファンを自らの異名として自称する。これがすごくないわけがない。
さて、こういうことを言うとお叱りを受けそうなことを書いていきます。
紀州のドンファン氏は殺された時点で、つまり享年は77。後期高齢者に該当する年齢です。
こういってはナンですが、どのみちあと50年生きられるかというと、それは無理なわけで、平均寿命よりわずかに足りないくらいまで生きられたのだから、仮に殺されたのだとしても、十分天命を全うしたと言える年齢ってことになる。
つまり、普通なら、これからどう生きようと余生ということになるだろうし、紀州のドンファン氏くらいの資産があれば、日がな読書でもしながらうたた寝して、孫と遊んでいればいい立場では、あるわけです。
しかし、どうでしょうか。仮にも自らを「紀州のドンファン」と名乗る男に、そうした姿が似つかわしいと言えるのだろうか、と。
実際に目を通したわけではないけど、自身の人生を記した著書には、数々の女性遍歴が綴ってあると言います。また著書の表紙には「いい女を抱くためだけに、私は大金持ちになった」や「オレは死ぬまで美女を抱く!」という文言が目につく。
こんな人が世間一般でいわれるような好々爺になることを望んでいたとは到底思えないのですよ。
こうした男性が望む、もっとも華々しい人生の終結は、どう考えても女性絡みでしかあり得ない。
つまり「どうだ。オレは55歳下の女と結婚して、挙げ句、その女に殺されたんだ。これは誰も真似できまい」と思いながら死んだような気がするし、間違っても「妻に殺される=恥ずべきこと」と考えながら死んだとは思えない。
だからといってアタシは殺人を肯定するつもりは毛頭ない。何度もしつこいけど、現段階ではまだ「容疑」なのであくまで仮定の話として書かせていただきますが、あまりにも単略的で、しかも杜撰な手口です。
また、年齢差のある結婚を否定するつもりもない。正直ネットで多数見受ける加藤茶夫妻との比較など失礼極まりないのですが、結婚というのは年齢が近いほど上手くいくというほど単純なものでもない。
だからそこは必要以上に留意することはないも思う。
でも、どうも、アタシは引っかかる。
散々女性遍歴を重ねた紀州のドンファン氏ですが、後期高齢者になって「死」を意識しないわけがないと思う。どんな思考の持ち主であろうが等しく衰えは訪れるのだから。
ここからは仮定を飛び越えた話になっちゃう、もしかしたら先の女性と結婚した最大の理由は「この女、絶対にオレを殺そうとしてくる」という理由なら、わざわざ籍まで入れたことが氷解する。
自分を殺そうとしてくる女性を探していた。そんな女こそ、最後の相手に相応しい。そして、タイミング良く、網に引っかかってきたのがこの容疑者だった
とは言えまいか。
目論見通り、かはわからない。しかし当該事件が起こったことで「紀州のドンファン」という異名は人々の脳に刻み込まれた。
と考えると、アタシも紀州のドンファン氏の手のひらで転がされているような気がするんだけど、どうでしょうか。

