NHKの番組について書きたいわけではない、って当たり前だけど、当該番組の最後は必ず「プロフェッショナルとは」という問いかけがなされています。
しかし、プロフェッショナルとは、という言葉にたいして端的に返答するのは実に難しい。
そこでアタシなりに思う「プロフェッショナルの流儀」を少し語ってみたい。端的とはほど遠いけど、やはり、過不足なく書こうと思えばこれくらいの文章量になってしまうわけで。
1. (要望にたいして)出来ないことにたいして、相手にはっきりと「出来ません」と伝えることが出来る
社会経験が浅い人は「失敗するなんてプロじゃない」「出来ないことがあるなんてプロじゃない」と勘違いしやすい。
しかしこれは逆です。プロであろうが人間である限り、失敗をゼロにするのは不可能だし、いくらプロと名乗ろうが出来ないことは出来ない。
素人が思う「似たようなこと」とプロが考える「似たようなこと」はまったく違います。素人が似たようなことだから可能だろ、と安易に考えることが、プロからすれば「まったくの門外漢」であることなど珍しくもない。
門外漢なんだから、仮にどうしてもやれ、となっても何の責任も取れない。しかし素人レベルで「似たような」と思えるということは、自分よりはるかに出来る専門家を知っている可能性も高い。
となると「自分の出る幕ではない」と考えるのが普通であり、簡単に言えば「出来ません」ということになる。
言葉の真意は「私よりずっと出来る人がいますよ。そちらにお願いしたらどうですか?」ということなるし、相手を素人と思っているのならそう説明する方がいいに決まっている。
そういうことが出来ないプロもいるけど、それはプロ失格というような話ではなくコミュニケーション能力の問題でしょう。
2.相手が望むことを理解する能力がある
まず、能力云々以前に「理解する気もない」人もいますが、これは問題外です。
プロに求められるのは、実は「突出した能力」ではありません。能力としては(プロレベルである、という前提が要るけど)、本当は<並>レベルでもさほど問題にはならないのです。それこそ先ほど書いたように、能力以上のものを求められた時に「出来ません」ということが言えれば、ですが。
それよりも、クライアントが、上司が、など、相手が求めることが何なのか的確に理解することがプロとしては必要なんです。
理解出来ればこそ、出来ないことは出来ないと言えるし、望むことをこなした上でのプラスアルファを付け足すことも出来る。つまりプラスアルファが「余計なこと」にはならない。
もし、ただたんに「すごい能力」を見せつけたいのであれば、芸術家になるしかない。その代わり、理解されよう、などというような得手勝手なことは一切考えてはいけない。
というようなことを踏まえた上で、今の芸能界でプロフェッショナルと呼べる人がいるか、もちろんほとんどの人は該当すると思うんだけど、中でも素人と叩かれることが多いフワちゃんなどは実は相当はプロフェッショナルではないか、と思う。
フワちゃんは能力に見合わない、キャラクターに合わないことはやらないし、制作陣の考える、いわば「求められること」を完璧にこなしている。
さらにプラスアルファもちゃんと用意しており、制作陣からすれば「神輿さえ用意すれば、その上で、はみ出すこともなく、望むことの上をやってくれる」という安心感があるはずです。
某ユーチューバーがラジオ番組をやってはみたものの不評に次ぐ不評だったみたいですが、それは能力不足という問題ではない。
彼らは「求められること」を完全に理解できないまま引き受けたのだろうし、理解していないことを理解出来ないまま彼らに託してしまった制作陣もまた、プロフェッショナルとは言いづらい。
やるからにはプロフェッショナルと呼ばれたい、というのは誰でもそうかもしれない。
プロとして最低限の能力が必要なのはもちろんだけど、何より本当に必要な能力は「理解力」であると思うのですがね。

