いやぁ、人間ってのは「貢献出来る」というのは嬉しいもので、ま、再生回数的な貢献はゼロに等しいんだけど、とにかくアタシが出演した配信が殊の外上手くいきまして。


これ、正直自分でも出来過ぎと思うほど上手く行った。ってそのほとんどはキーフレームさんの力なんだけど、それでも打ち合わせなし、完全アドリブでよくここまで出来たなぁとね。
とにかく、お互い意見が真っ二つに対立して、しかもお互い自分の意見を曲げないのに、一切ギスギスにならず、地域性にまで話が広がる、という、こういうのはアタシは見たことがない。んで「こういうのが見たかった」と思える内容に自分が参加出来ただけで大満足なのです。

んで、甚だ個人的なことではあるんだけど、ひとつ良かったなと思うのは「とんねるずのロールモデルはマルクス兄弟」という話を出来たことです。
もちろんキーフレームさんが大のマルクス兄弟好きというのは知ってたから話を振ったんだけど、これ、やっぱ意外と誰も言ってないんですよ。つか「石橋=グルーチョ・マルクス、木梨=ハーポ・マルクス」というのに言及した人をひとりも知らない。んで、ちゃんとキーフレームさんが「チコは?」と聞いてくれたので「チコの役まわりはゲストがやる」というのを言えたのも良かった。

というかね、やっぱ、ハーポ・マルクスってかなり特殊な人だと思うんですよ。
さすがに「まったく言葉を発しない」というのは置いといても、完全にハーポタイプだなと思えるコメディアン、ヴォードビリアンはなかなか登場しなかった。
グルーチョ・マルクスにかんしては分散しながらも同タイプの人はいた。例えば戦前期に活躍した永田キングは「見た目と喋り方だけ」完全にグルーチョに寄せてたし、毒舌トークはトニー谷、「訳ありめ」の女性をたらし込んで、というところは森繁久彌、さらにこれも見た目だけだけどドリフターズのヒゲダンスもグルーチョです。んでその総決算が石橋貴明だったと。

そこに「思考ゼロでとにかくめちゃくちゃやる」というまさにハーポタイプが登場した。もちろん木梨憲武です。
しかも木梨は抜群の身体能力を有していたので、ときにバスター・キートンのような動きもやって見せた。もちろんとんねるずには時代性もあったので、つまりまさしく「現代に登場したハーポ、プラスアルファ」という感じでした。
しかし木梨以降、またハーポタイプがいなくなった。ま、木梨は現役だったから「木梨の他には現れなかった」というべきか。

そのうちネプチューンの堀内健が台頭してきた。ホリケンも大別すれはハーポタイプであったことは間違いない。
しかし正直に言えばアタシはホリケンを買ってなかった。それこそホリケンサイズなんか見ても、どうも動きが汚い。ってそれ関係あるの?と思われるかもしれないけど、ハーポタイプであるのであればめちゃくちゃ重要なんですよ。
ハーポはとにかく人間の生理的なところをまったく無視してハチャメチャにやるので、キレイにサラッとやってくれないと不快感が勝ってしまうんです。
ハーポも木梨も動きがキレイでサラッとやる。だから不快感よりも<笑い>が先に来る。

しかし残念ながらホリケンはそうじゃなかった。というかどうもね、アタシもいろいろ見たけど、ホリケンって「モタモタしてる」んですよ。たぶんそれがホリケンという人の人間味であり、本質的にハーポタイプが向かない人なんだと思う。
つまりハーポタイプになろうと思うなら、一切の人間味を消さなきゃいけない。もしかしたらコイツサイコパスなんじゃねーか?と思われるくらい、何の躊躇もなく、まるで本能のおもむくままに動いてると思われなきゃいけないっつーか。

木梨は、というかとんねるずの全盛期の木梨ってそれが出来てたんですよ。
冒頭に貼った配信でも言ったことなんだけど、とんねるずのギャグって冷静になればさほど面白くないんですよ。でも木梨の「本能のまま動いてる」感が<笑い>を支えてる。
アタシが一番好きな木梨のギャグは、仮面ノリダーでの「おやっさん水をくれ!」といって小林昭二演ずるおやっさんからコップ一杯の水を貰うんだけど、それを<やにわに>観葉植物にかけて「植物よ、大きくなぁれ!」というね。

この<やにわに>ってのが大事なんですよ。この頭では何も考えてない、ただ本能だけで動いてる、これがあるかないかでハーポタイプになれるか決まる。
木梨にはその才能があった。だから意外と不快感がない。でもそうした「あ、コイツ本能だけでこんなことしやがった」という<流れ>を切っちゃうと、ただただ不快なことをやる人間にしか見えなくなる。それが切り抜き上等の現代と如何にも相性が悪い。

つまりこれから、もうハーポタイプのコメディアンやヴォードビリアンは出てこれないだろうなと。何つーか、時代が悪すぎるよハーポタイプにとっては。