そういやTAMAYOっていたなぁとふと思い出してね。あ、島田珠代のことじゃないよ。1990年代にちょっとだけテレビに出てた人というか。

この人、要するにアメリカでスタンダップコミックの修行をして、しかもアメリカでは「そこそこ」売れたというね、ジャンルは違えど戦前の川畑文子のような形で凱旋帰国して日本でも売り出しをはかった、という。
しかしこれが、日本ではまるでネタがウケない。アタシの記憶ではダダスべりして、ま、スべるのはいいとして、何でみんな笑わないんだ!?と逆ギレしてる様子しか憶えていません。

何でウケなかったか、はっきり言えば面白くなかったから。ってアメリカではウケてたんだよね?と言われるかもしれないけど、少なくとも日本人にとっては面白くもなんともなかった。
でもさ、それはしょうがないんですよ。だって修行した場が違うから。いきなり完璧にアダプテーション出来るわけがない。
やはり問題だったのはTAMAYOが「これがウケないのは観客が悪い」というような態度をとってしまったからでしょう。

というかTAMAYOのネタはあからさまな差別的笑いであり、これは以前書きましたが差別的な笑いというか笑わせ方は古今東西問わずもっともスタンダードな<やり方>です。
ただ、ちょっと時代が遅すぎたのはある。
日本でもドリフターズなどのスタンダードな差別的笑いを超えた、まァいや「危険な笑い」ブームはあったのですが(例・大川興業)、TAMAYO登場の5年ほど前であり、何ともタイミングが悪い。
その大川興業にしたところで別に「メディアに大々的に乗って」というのはやってなかったので、そもそもテレビでスタンダード以上の差別的笑いをやることに無理があった。

この件にかんしてはWikipediaに面白い記述がある。

自分のギャグに笑わない客に対して『わかってへんわ』と言い切るところに、何か"アメリカはお笑いの本場"みたいな考え方があることを感じる。違うぞ、お笑いの本場なんてどこにもないのだ


ナンシー関が書籍に書いたことですが、さすがナンシー関というか、見事に<芯>を食ってます。つまり『お笑いの本場なんてどこにもない』というね。
この意見は本当に鋭い。1990年代と言えばまだ「日本の芸人は政治風刺や社会風刺をやらないからダメだ」なんて幼稚な意見がまかり通ってた頃です。そんな時代にこの意見を吐けるのはすごい。
(何でアメリカのスタンダップコミックが政治風刺や社会風刺に走るのか、それはアメリカの国土の広さと教育レベルが日本とは比べものにならないくらい<まちまち>なのが理由)

そうなんですよ。ナンシー関の言う通り『お笑いの本場』など存在しないのです。
これがまだコメディ(喜劇)ならともかく、ヴォードビル(演芸)はその国限定のものであり、強いて言えば料理に近い。
アタシはロンドンに滞在していた時にヴォードビリアンの芸をいくつか見ましたが、正直面白くもなんともなかった。ってイギリスと言えばチャップリンの国、モンティパイソンの国ですよ。でもヴォードビルは「少なくとも日本人にとっては」何も面白くなかった。

でね、ここからが重要なんですが、別に「どっちがレベルが高いか」の話じゃないんですよ。ただたんに、国によって好まれる<味>が違う。それだけのことです。
そもそも「世界共通の笑い」などというものが幻想以外の何物でもない。そんなものは存在しない。たしかに、それこそドリフターズなどは「欧米人にウケやすい」笑いではあるのですが、そういうのもあるってだけの話で、じゃあ欧米人にウケる笑いだからドリフターズはすごいのか、というと正直関係ないんじゃないの?としか思えないのですよ。

でもね、アメリカに限らず欧米で評価された人を過大に評価したがる傾向がある。そういう意味ではTAMAYOはある意味被害者だったかもしれません。
ちゃんと「アメリカでウケたからって日本でもウケるとは限らないよ。日本のヴォードビリアンとしては君は新人」という扱いをしてあげたら、あんな増長した態度はとらなかったと思う。
んで、せめてその手の笑いをやるのであれば、まずTAMAYOは「日本ってアメリカでウケたものを無条件で称賛するよね」みたいな、ある種の自虐から始めるべきだった。

しかしこれは<笑い>に限らないと思うのです。
アタシはココにピンクレディーについて書いたのですが、んでYouTubeでも「ピンクレディーの活動大写真」という映画を取り上げたのですが、結局ピンクレディーが何でアメリカに進出したか、理由はわかるとしても、やっぱり冷静に考えたら「やらなくても良かった」と思ってしまうのです。

たしかこれは動画の方で喋ったと思うんだけど、アメリカ市場を視野にいれた「Kiss In The Dark」は佳曲ではあるんですよ。ただしそれまでの「ピンクレディーらしさ」が何もない曲であり、いわば自らのストロングポイントを消した楽曲とも言える。

こうやって見れば、とくに振り付けにおいて「馬鹿馬鹿しいまでのセクシーアピール=ギャグ」というのがないから、ただ下品なだけになってる。

アタシはね、せめて「作詞 阿久悠、作曲 都倉俊一、振り付け 土居甫」というラインは崩さずに(歌詞は訳詞でもいい)、ほぼそのままのピンクレディーで勝負して欲しかったと思う。
でも「Kiss In The Dark」は「アメリカ人にウケるように」と寄せてしまった。その結果、ビルボード37位という最低限の結果は出たけど、そんな最低限を狙いに行かずに、ダメ元で「日本のピンクレディー」で行って欲しかった。

それで仮に大コケしても恥でもなんでもない。何故ならそれは「ピンクレディーという<味>がアメリカ人に合わなかった」だけなんだから。
ま、やっぱり、スタッフ側に「アメリカは本場」という意識か強すぎたんだろうなぁと思うわけで。