Page1で書いた通り、アタシの東京への興味の第一歩は「戦争や政治を除く昭和史に、子供の頃よりただならぬ興味があった」ことが挙げられます。

 昭和は、西暦で言えば1925~1989年まで。ま、最初と最後は一週間しかないけど、それでも62年ほどは続いたわけです。
 もちろんこれだけ長いと、<はじまり>と<おわり>ではまったく、何もかも違う。だからひと口に「昭和史」と言っても統一感がある感じで抽出するのが非常に難しいわけです。
 それでも、興味を持った順番は前後するけど、ほぼ大半の昭和という期間に興味がある。
 Page1にも書いたけど、戦前期は「戦前モダニズム」として後半生を支配するレベルの趣味になっているし、1960年代は小学生以来好きな時代です。そしてその間となる1940~1950年代も実に面白いことが多くて、やっぱり、興味がある。
 アタシは1968年、昭和で言えば43年生まれですが、押し並べて考えると、自分が生まれる前の<昭和>はほぼすべて興味が強いってことになります。

 しかしフシギなことに、後半になればなるほど、つまり平成に近づけば近づくほど、興味が薄くなる。
 かろうじてマイコン文化華やかなりし頃は、あくまで「その界隈(=秋葉原)」に限るとはいえ、興味がないわけではないけど、1970年代から1980年代、昭和45~64年にかんしては、メチャクチャ興味があるわけではないのです。
 本当なら、自分が物心がついてから大学入学の頃まで、少なくとも肉体的には一番充実していた頃なんだから、そこに最大の興味があってもおかしくはないんだけど、そうはなっていない。むしろこの期間はエアポケットというか、1970~1980年代ならまだ1990年代や2000年代の方が好きなくらいです。

 しかし、本来、一番興味がないこの時代は、ひとりの「道先案内人」の存在で、好きではないけど、何となくほっておけない時代にまで昇格した。
 アタシにとっての道先案内人、それは泉麻人です。
 似た話はココにも書いてるんだけど、これは後年になってからではなくリアルタイムで、とにかくアタシは1970~1980年代の文化全般が大嫌いだったのです。つか当時からマジでね、何で今の時代ってダサいんだろう、と本気で思っていた。
 だから<今>に愛着を持てるはずもなく、まァ言えば、<流行り>をまともな視線で見つめることが出来なかったんです。

 それを変えてくれたのが泉麻人だった。
 泉麻人のコラムを読み始めたのは、たしか大学に入った頃だったと思う。きっかけはまったく憶えてないけど、とにかく、その頃発売されていた泉麻人の著作を片っ端から読み始めたのです。
 泉麻人のコラムの魅力を説明するのは難しい。<今の流行り>=ナウ、を真正面から取り上げつつも、どこか、醒めたところがあって、でも妙な熱さもある。
 余談だけど、そんな泉麻人をアタシは、当時の世相を反映させて「ファジーニューロ機能付のサーモスタット」と表現したことがあるのですが、たぶんね、本気でこの頃の文化を、泉麻人は面白がってたわけじゃないと思うんですよ。やっぱ、どことなく莫迦にしたニュアンスが見受けられる。
 でも「表層だけを見て莫迦にするのは違う」というのがわかっていた。かはわからないけど、そうとしか思えない。だから<流行りモノ>の内部に本気で入っていく。その上で、<ナウ>を仕掛ける側の心意気、というか熱い気持ちを十分に咀嚼しながら、でもどこか、この本気は本気じゃない、本当の本気にはなれない、という醒めも垣間見られる。
 このバランスは尋常じゃない。

 まさしく、この時代の文化を「表層だけを見て莫迦に」していた当時のアタシは脳天を撃ち抜かれた。
 莫迦にすることが悪いんじゃない。表層だけを見てわかった気になってることは、それこそアタシが莫迦にしていたセーラーズのトレーナーよりダサいことではないか?

 こうした泉麻人のバランス感覚は生まれた年と生まれた場所を抜きにしては考えられません。
 というかアタシからすれば「1956年東京生まれ、最終学歴・慶應義塾大学」というプロフィールだけで<天才>と思ってしまうんです。
 どこをどう切り取っても<シティーボーイ>以外の何者でもない。もはやシティーボーイなんてダサい言葉になっちゃったけど、言葉を変えれば泉麻人こそ「江戸っ子」ならぬ「東京っ子」なんです。
  完全無欠の東京っ子である泉麻人が見る東京。
 これが魅力的でないわけがない。というか泉麻人というフィルターを通せば、カフェバーの扇風機でさえ「普遍のカッコ良さ」に思える。
 だからアタシの、1970~1980年代の東京はプリズムを通したモノっていうかヒネた見方というか、すべてが「泉麻人越し」なんです。

「お、ここが<泉麻人が書いてた>あのカフェバーがあった場所か!」

「ここが<泉麻人が書いてた>六本木のロアビルか!」


 とかね。
 とにかく泉麻人のおかげで<穴>となる時代がなくなった。これで昭和=東京が完全に埋まったのです。

 さあ、ここまでアタシが思う、あくまでアタシ個人にとっての東京の魅力を書いてきたのですが、さすがにね、あまりにも一般論からかけ離れすぎてるって自覚はあります。
 そこでここからは「東京愛の深すぎるアタシが、誰にでも理解してもらえそうな東京の魅力」を書いていこうかと。
 いや、まずはよくある誤解から解いていった方がいいのかも、と。

 まず、地方民が思う典型的なイメージとして「とにかく物価が高い」ってのがあると思う。
 これにかんしては「半分当たり、半分外れ」って感じですかね。
 たとえば観光で東京に来たとしたら、これは高く感じて当然だと思う。
 観光だと食事は外食に限られるし、その外食ってのが、まァ、高いっちゃ高い。もちろん良心的価格の店もあるんだけど、観光でそれらの店を探すのはいくらなんでもしんどい。というか難しい。
 ところが住んでみると、ちょっとイメージが変わる。
 たしかに家賃は高い。でもはっきり<高い>と言えるのは家賃だけなんですよ。
 物価なんてたいして変わらない。それこそ他の地方ならキャベツが100円なのに東京なら1000円になるかというと、ならない。500円にも300円にもならない。だいたい同じくらいですし、場合によっては安い場合もある。

 何より一番「あれ?」と思うのが遊びに行く時です。
 まず意外にも地下鉄が安い。んでたいした距離を移動しなくても、23区内に住んでたらいろんなところに遊びに行ける。それだけ特色の多い街が多いから。
 特色の多い街が多いってことは、住んでて飽きることがない。つまり「仕事の都合で仕方なく」みたいなのっぴきならない事情以外での引っ越しをしなくて済む。
 さらにウィンドウショッピングをしてるだけでも楽しい街も多いから、実はたいしてカネを使わない。
 これ、意外と大きいと思うのですよ。

 アタシも近所にイオンモールがあるからしょっちゅう行くけど、いくらイオンモールが巨大でも、やっぱね、どうしても飽きる。(現注・執筆した2021年当時の話。この頃アタシはイオンモール神戸南の比較的近くに住んでいた)
 飽きるからあんまり行きたくなくなる。かといって、まァ神戸くらいの規模の都市ならともかく、田舎とかなら別にイオンモール以外に遊びに行くところもない。となるとあまり出かけなくなってしまう。出かけないと気持ちもアクティブさがなくなる。ま、悪いスパイラルです。
 ところが東京はいろんな街があるし、カネもかからないので、いろいろ出かけたくなる。こうなるとアクティブになって、気持ちも前向きになれるんです。

 実はこれこそ東京の見えない効用だと思う。
 田舎の人ほど歩かない、すぐに、それこそ歩いて10分ほどの距離でもクルマで行きたがる、と言いますが、実際問題、イオンモールに限らずショッピングモールなんてクルマでないと行けないことがほとんどだろうし、ではショッピングモールで歩き回るのかというと、いくら巨大とはいえそこまでは歩き回りはしない。
 これがショッピングモールショッピングと街歩きショッピングの違いで、街歩きってね、後で歩数計なりをみると自分でもビックリするほど歩いてるんですよ。もちろんその街に行くのも公共交通機関を使うわけで、自宅から駅まで、駅から目的地まで、んでその往復分を換算するなら、やっぱり相当歩かなきゃいけない。

 だから東京の人と田舎の人でどっちが健康的な生活をおくってるかというと、実は東京の人だと思うんです。んで、気持ち的にもアクティブになりやすい条件が整ってるのも東京。
 ま、じゃあ大阪とかならどうなの?と思うかもしれないけど、大阪と東京じゃ「小規模ながらそこそこレベルの商業施設ならび商業地域がある街」の数が違いすぎる。
 大阪も特色はあるけど単純に数が違いすぎるんです。それほど東京は多い。となると、かなりヒケを取ってるんです。

 こういうことを書くと「でも田舎には自然がある!」と思う方もおられるかもしれませんが、実はね、東京って本当に大規模な公園が多いんですよ。
 だから東京に住んでて緑が少ないと感じたことがない。アタシは長く神奈川県に住んでたけど、単純に緑の量なら東京の方が多いんです。
 でもそれって半分人工的なものでしょ?と言われるかもしれないけど、半分人工的だからこそ、緑はそこそこあるのに<虫>があんまりいない。これは相当のアドバンテージなんですよ。

 毎年夏になると某5ちゃんねるやそのまとめサイトで「田舎の夏」をフィーチャーしてね、田舎の夏の写真とか画像を大量に貼っつけたスレが立つけど、あんなのちっともいいと思わない。画像で見る分にはいいけど、自分が行きたいとは思わない。だってどれだけ虫が多いか容易に想像出来るから。
 アタシはね、けして虫が一切触れないとかじゃあないんですよ。ゴキブリくらいならティッシュ越しにならサッと掴める。


 でも虫ってやっぱカユいんです。つかカユくしてくる虫が多すぎる。だから田舎の夏の画像を見ると良いも悪いも、想像しただけでまずカユくなるっつー。
 そこへいくと東京の公園なんて<屁>でもない。それでいて木々の間からビル群が見える。これが気持ちよくないわけがないのです。


 もちろん家賃が高いのはデメリットだし、広い部屋に住むのが難しければ、クルマなんてとんでもないわけで、誰しもにとってサイコーの街とは思いません。
 それこそ外出しようがしよまいが気分なんて変わらない、家の中こそ至高、とか、買い物なんてネットショッピングで十分と考えてる人には東京なんてデメリットしかないと思う。
 だからそういう人は否定しない。でも「よりアクティブな人間になりたい」とか「家賃以外にはあんまりカネをかけたくない」なんて人には本当に素晴らしい街なんです。
 で、実際、田舎はどんどん過疎化が進み、東京一極集中になってる現状をみるに、田舎の人の「想像上の東京」と「実際の東京」は相当乖離していると思うし、東京には様々な人に対応出来る多重構造の懐の広さがあるんだと思う。

 どうです?ここまで長々書いてきましたが、みなさん、東京に住みたくなったでしょ?
 なって、ない?ハァ、こりゃ難しい問題だァ。というかタイトル通り、わかってもらえなくても構わないのですがね。






東京ってホントにフシギな街で、しばらく離れてると禁断症状が出るんですよ。
まァ実際は東京に行かなくても近隣というか関東に行くだけでもだいぶ気持ちが違うのですが、やっぱ、それでも最低は東京に行きたい。それほどね、魅力的というよりは麻薬的なところがあるんですよねぇ。
というのも2021年時点での話で、2023年夏に東京に移住したのでね。だからこのエントリ自体「遠く離れた場所に住んでたからこその、東京への思慕」と思っていただけたら良いのではないかと。


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