こういうことを書くと、じゃあ障害のある方はどうなるんだ!と食ってかかる方がおられるかもしれませんが、だから最初に謝っておきます。本当に申し訳ございません。

 とにかくです。
 この世にあるパソコンなり、ゲーム機なり、スマホなりは「左右合わせて10本の指で操作する」ことを基本線に考えられている、それは間違いない。
 それこそパソコンのキーボードなんかは、一応、ベストの指のポジションが決まっている、らしい。アタシなんか8ビットマイコン時代に完全に独学でブラインドタッチを覚えてしまったのでグチャグチャですが、本当は↓こんな感じです。

 ああ、今の時代「ブラインドタッチ」もダメなのか。再び申し訳ない。とはいえ言い換えとして使われる「タッチタイピング」では意味わかんないよな。

 それもともかく。
 アタシの指のポジションは先ほど書いたようにグチャグチャなんですが、単純に我流で覚えたからってだけでもないのです。
 とにかくキーボードの話から始めますが、アタシの場合右利きかつマウスを使わないと細かい操作が出来ないので、タイピングをしない時は右手は基本的にはマウスをつまんでいる。
 問題は左手です。この左手の、いわばホームポジションはDTPをやり始めてから固定された。つか固定せざるを得なくなったというか。
 ってまずは当時のDTP事情の話をしていきます。
 1990年代後半から2000年代前半、DTP用ソフトと言えば相場が決まっていました。具体的には
・画像編集ソフト→Adobe Photoshop
・チラシやDM、1ページ物などのレイアウトソフト→Adobe Illustrator
・複数ページ作成のページレイアウトソフト→Quark QuarkXPress
 こんな感じです。もちろん補助的に、画像データをベクターに変換する「Adobe Streamline」(のちにIllustratorに機能吸収)とか、他諸々あったのですが、ま、デザイン力はともかく上記の3つさえ使えれば「DTP出来ます」と履歴書に書くことは出来たんです。
 ちなみに現在もそう変わってはいない。唯一ページレイアウトソフトのみ定番がQuarkXPressから「Adobe InDesign」に変わったけどそれくらいです。

 で、これらのソフトウェアはMacで使うのが基本だった。途中からWindowsにも対応しましたが、それでも「WindowsでAdobe」は邪道というか、はっきり言えば印刷屋で嫌がられた。崩れずに印刷する自信がない、と。だからMacでやってくれと。
 もちろん生成したファイルの互換性はあったんですよ。フォントの問題もQuarkXPressはともかくIllustratorならアウトラインをかけておけば大丈夫なはずなんだけど、ま、この辺は心理的な問題なのでね。
 いや別にMacなのは問題ないんだけど、この当時のMacと言えばいわば「旧MacOS」で、型番で言えばMacOS9.4までを指します。(OSX(現在のmacOS)は2001年に登場したがWindowsと同様の理由で印刷屋に嫌がられた)
 しかしこの旧MacOS、とにかく不安定だった。いやこれは同時代のWindowsも同様でして、9x系のWindowsが如何に不安定だったか(すぐにリソース不足になる)を憶えておられる方なら、ま、あれと同じくらい、と考えてもらえれば大丈夫です。
 だからね、当時アタシは広告代理店で働いていたけど、毎日どこかのデスクから叫び声が聞こえてくる。

「あーっ!!固まったぁ!!1時間無駄になったぁ~!!!」

 これを回避する方法はひとつしかない。それはきわめて原始的な方法です。

こまめに保存する


 もうそれしかない。Adobeのソフトに自動保存なんて気の利いたものはないので、手動で保存してやる。んなもんマウス操作でなんかやってられないから当然ショートカットキーを使うんだけどね。
 つまりです。長々と2000年前後のDTPの話を書いてきましたが、要するにアタシの左手のホームポジションは「Command+S」なんですよ。常にそこに指を置いておいて、もうワンアクション毎に保存する。
 アタシがこうなったのは、とどのつまり「恐怖心」なんですよ。こまめに保存しなければ、下手したらその日一日の成果がパーになる。まだ当時のようにサラリーマンなら多少怒られるくらいかもしれないけど、フリーランスでそんな事態になったらマジでクビをくくらなきゃいけないことになる。
 もうこうなったらね、いくらOSが安定しようが、AdobeのソフトをっつーかDTPをやってない時であろうが、それこそボヤーっと動画とかを見てる時以外、パソコンを触ってる最中は無意識に左手はCommand+Sなんですよ。だから別段こまめに保存する必要がないテキストファイルを操作してる時(タイピングしてる時ではない)でさえCommand+Sは不変で、もうトラウマからの染み付きなんで変えようがないんです。(言うまでもありませんが、Windowsの場合はControl+S)

 アタシの場合は強烈なトラウマからこのようになったのですが、ここまでのことがなければ大抵はファーストエクスペリエンスが反映される。
 高齢者はスマホを人差し指で操作すると言われていますが、たぶん早晩、そうした高齢者はいなくなるはずで、これは「高齢になったから人差し指で」というわけではない、という話です。
 一定の年齢以下の人間ならスマホを親指で操作する、これもファーストエクスペリエンスの問題だと思うんですよ。つまり、手で持って操作する場合、手のひらの腹で物体を支えながら親指で操作、というね。
 おそらくこうした持ち方&操作のきわめて初期の例はテレビのリモコンだと思う。それ以前のほぼアナログオンリーの時代は、それこそ左手で手帳を持って右手にペンを持って、というような感じだったのがテレビのリモコンから変わった。つまり「持ち手」と「操作手」が一本になったのです。

 手帳時代を長く経験した世代はどうしてもこの「同じ手で持つ&操作」が馴染まなかったんだと思う。しかし成人する前の段階でテレビにはリモコンがあるのが当たり前だった世代以降は自然とこれを憶えた、という。
 片手だけ、となると一番自由に使えるのは親指です。そしてスマホであっても「親指で操作する」のが当たり前なのはこの世代以降なのです。

 一般には親指で操作の時代はファミコンから、と言われます。ま、せいぜい遡ってもゲーム&ウォッチくらい。アタシはリモコンの方が先だと天邪鬼的に書いたのですが、もちろんファミコンの影響も大きい。というかファミコンはというか任天堂はリモコン文化(片手操作文化)をコンシューマゲーム機に取り入れたと思っている。
 コンシューマゲーム機の歴史を語って行こうってんじゃありませんが、とにかく最初に世界的にヒットしたコンシューマゲーム機と言えば、もちろんそれは「Atari2600(VCS)」です。しかしこれは「アメリカで開発され、あくまでアメリカ市場向けに出された商品」ということを忘れてはいけない。とくに以下の2つはきわめて重要です。

・日本とアメリカでは住宅事情がまったく違う。

 Atari2600のコントローラーを見てもらえればわかると思いますが、これは「テーブルありき」のコントローラーです。つまり底面をなかば上から抑えつける形で固定して操作するものだと。
 これは「多少狭い家であってもリビングがあるのが当然」なアメリカであれば妥当な形なのですが、1980年前後の日本でテーブルやソファがあるリビングがある家っつーか家庭はマイノリティ、いや富裕層であり、つまり日本の住宅事情にはまったく向かない。大多数の家では畳の部屋、せいぜい畳の上にカーペットが敷いてあるような部屋で、底面を固定して使うには不安定すぎるし、操作する人間は床に這いつくばったような姿勢でテレビのある上を仰ぎ見る形でやんなきゃいけない。

・日本ではコンシューマゲーム機登場以前に、すでに携帯型の電子ゲーム機が人気を集めていた、これはかなり大きなことです。つまりゲームセンターに置いてある、要するにアーケードゲームはともかく、プライベートで使うっつーか自分が所有している形でのゲームは電子ゲームから始まった。
 初期の電子ゲームはAtari2600のように「底面を上から抑えるように固定して」操作するタイプもありましたが、すぐに「両手に持って」操作するが主流になった。いわばこれはリモコン操作と同じで、多少操作が煩雑になり頻繁に操作しなければならないので片手から両手にはなったものの、親指で操作する、というのはリモコンから変わっていない。

 そして任天堂はこの電子ゲーム期に世紀の大発明である「十字キー(現在はDパッドとも呼ばれる)」を開発するのですが、たしかにドンキーコングマルチスクリーンで採用された十字キーの出来が良かったのは事実ですが、こうして見ると何もないところからいきなりオーパーツ的に十字キーが出てきたわけではなく、歴史の必然性のようなものは見て取れるのです。


 たぶんこれは誰も言ってないことだと思うけど、アメリカのコンシューマゲーム機が「アーケードゲームのタイニー版」だとするなら、日本のコンシューマゲーム機は「電子ゲームの画面巨大化&ゴージャス版」なんです。
 そして電子ゲームというジャンルにおいてトップグループを走っていた任天堂が開発したのがまさしく電子ゲームの画面巨大化&ゴージャス版と言えるファミリーコンピュータだったと。
 よくセガとの差がどこでついたか、みたいな話になりますが、アタシは「電子ゲーム開発メーカーだったか否か」の差だと思ってる。つまり任天堂には「日本の住宅事情でコンシューマゲーム機を遊んでもらうには」と考えるだけの経験と蓄積があったと。

 そうなるとわからないのがトミー(現・タカラトミー)とエポックの動きです。
 とくにエポックは電子ゲーム業界においてはリーディング企業だったように思う。そしてファミコンより2年も先んじてコンシューマゲーム機市場向に参入している。もちろん「カセットビジョン」です。

 カセットビジョンがファミコンに比べて性能が低すぎるというのは後年から見ればの話で、当時基準で言えばそこまで低性能ではなく、ソフトのラインナップも当時基準では豊富で、さらにかなり安価に抑えられていました。
 とはいえカセットビジョンの性能で天下を取れていたとは思わない。しかし上手く後継機種に結びつけることが出来たなら先行者利益でファミコンの対抗馬くらいにはなれたとは思う。
 ま、それはホワットイフの話でしかないのですが、結局今の目でカセットビジョンを見るとAtari2600と同じというか、つまり「アーケードゲームのタイニー版」のように思えてしまう。それはもう、コントローラーの問題なんですよ。

 いやそもそもの話、カセットビジョンにコントローラーなんてない。コントローラーっつーか操作部は本体にくっついている。つまり本体にある操作ダイヤルやボタンを使って操作することを意味します。
 ま、これは致し方ないところもある。電子ゲーム自体まだやっと商売になってきた頃だったし、そんなことを言えば当時の8ビットマイコンも本体とキーボードは一体成型です。もちろん専用モニターを使う8ビットマイコンと家庭にあるテレビを使うテレビは「置かれている場所」がまったく違うんだけど、それでもソフト交換式のコンシューマゲーム機の黎明期というのを考えればしょうがないのかな、と思う。
 しかし問題は後継機種であるスーパーカセットビジョンで、さすがにファミコン登場後なのでコントローラーは分離式になってます。
 しかしこのコントローラーを見るだけで「当時のエポックは何にもわかってなかったんだな」と思わされます。

 ご覧のようにスーパーカセットビジョンのコントローラーは「両手で持って操作する」形にはなっているのですが、これは「片手で支え、片手で操作」という、いわば手帳式です。
 セガは電子ゲーム市場には参入していない。だから民生用ゲーム機はファミコンとほぼ同時に発売されたSG-1000が初めてだった。だから手帳式なのは百歩譲ってわかる。そして1年後に発売されたSG-1000IIはファミコン同様リモコン式になっています。
 しかしSG-1000IIと同時期に発売され、また電子ゲームメーカーの雄だったエポックが発売したスーパーカセットビジョンが、あいもかわらず手帳式だというのは「何もわかってない」と思われても仕方がないと思うんです。

 結局、十字キー云々ではなく、電子ゲームからの(もっと言えばテレビゲーム15からの)蓄積があった任天堂はかなり早い段階で<日本>においてのコンシューマゲーム機の<在り方>を掌握していた。
 任天堂はアーケードゲーム市場にも参入していたけど、軸足はあくまで家庭用であり、かなりいろんなことを突き詰めていたんだと思う。そしてファミコンで十字キーを採用するに至って「キーとなるのは親指だ」と気づいたんじゃないか。
 そして十字キーでこそないものの、親指をキーにする、というのを踏襲したのがSG-1000II以降のセガであり、NEC/ハドソンのPCエンジンであり、そしてソニーのプレイステーションもこの流れの中にあります。
 一方、親指をキーとしないコントローラーを採用したコンシューマゲーム機はことごとく淘汰された。カセットビジョンシリーズもだし、トミーのぴゅう太もそう。ぴゅう太同様、ソードM5(タカラゲームパソコン)もバンダイもRX-78も形状こそ一般的な8ビットマイコンだったけどコントローラーは手帳式です。

 表向きはコンシューマゲーム機ではなく8ビットマイコンとして発売されていたMSXはコントローラーこそ付属してなかったけど、サードパーティから各種コントローラーが発売されていた。そして手帳式リモコン式の両方があったけど売れ線はリモコン式に(下衆に言えばファミコンのコントローラーをパクったようなコントローラーに)偏っていった。

 今回のエントリタイトルは「茶碗と箸を両手で持つ如く」としたんですが、日本で生まれ育っていれば自力での食事のファーストエクスペリエンスは茶碗と箸のはずです。
 たしかに箸の使い方は難しいと言われる。でも実際は「言われるほどでない」というか、イギリスでもみな普通に箸を使いこなしていた。その程度の難易度です。つまり馴染めない人が多いほどではない。
 そのレベルでキーボードを、はたまたゲームコントローラーを操作させるにはどうしたらいいか。これはその国の住宅事情や生活環境抜きには語れない。そして少なくとも日本のコンシューマゲーム機は「両手でコントローラーをわしづかみにして、手のひらの腹でコントローラー本体を支え、親指をメインで使わせる」というのが最適解だった。
 そのことにいち早く気づいた任天堂とそのフォロワーが勝者となり、どうしてもその発想に至れなかったメーカーが敗者となった。
 さらに言えば、文字盤をスワイプして文字を入力するというソフトバンクがiPhone用に開発した方式がモバイル機器において文字入力のデファクトスタンダードになった。(厳密にはNewton用のHanabiがあるんだけど、あれはスタイラスペンを用いる方式=手帳式だし、話がとっ散らかるので今回は割愛)

 テレビのリモコンから数えれば50年ほど。それからずっとこの親指を操作のキーとする時代が続いたんだけど、これが最終形態なのかと言われるとまだわかりません。
 もしかしたら今の人差し指操作をしている高齢者のように「あのジジイ、親指で操作してるよw」なんて時代が来るかもしれないわけで。



ファミコンなんかなかった時代だから当然ファミコンと比較したわけでもなんでもないのに、店頭で遊んだだけなのに、カセットビジョンはもちろんソードM5やトミーぴゅう太のコントローラーって操作しづらいなぁと思っていたんですよ。
まだこの時代なので「親指で」ってのはなかったにしても、何でアーケードゲーム筐体と同様、左手でキャラクターの移動、右手でショットやジャンプみたいな感じにしないんだろうなってのはずっと思ってて。
そんなことを言いながら、8ビットマイコンのキーボードは今と同様カーソルキーは右側、んでキャラクター移動として使われていたテンキーも右側で、ショットやジャンプはスペースキー及び「X」「Z」キーで普通に遊んでたんだけどさ。




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