真実はいつもひとつ!
ってのは名探偵コナンの決め台詞だけど、いやね、これが正しいか間違ってるかはどうでもいいんですよ。
ただ、真実≒正解がひとつしかないと思ってる人が増えすぎたというか、正解なんて誰にもわからないことはもちろん、いくつも正解があるようなことであっても、ひとつ、これが正解だ!みたいなのを自分の中で見つけてしまうと、他が全部間違いみたいに見える人が多すぎるんじゃないかと。
アタシは何度も「正解なんてどっちでもいい」と言ってきた。つか正解か不正解かにとらわれるだすと見えなくなるものが多くなりすぎるってのに気づいてね、物事を多角的に見れなくなってしまうんですよ。
どんな事象でもそうだけど、なるべく多角的にいろいろな角度から見たらわりと何でも面白いし、逆に視点が固定されてしまうとつまらなくなっていく。
しかしこれを真逆に捉える人も結構いて、つまり「極力視点が固定されてる方が面白い」と思う人たちです。
つまりですよ、これまた「どっちが正しい」みたいな話じゃないんですよ。多角的に見た方が面白がれる人もいれば、視点が固定されてる方が面白がれる人もいる。それだけの話です。
ただし、多角的に見た方が勢からしたら、視点を固定しろ!という意見はノイズでしかない。というか多角的視点側は別に「もっと多角的に見ろ」とはあんまり言わないんですよ。ま、これもバイアスがかかってるのかもしれないけど、とにかくこのふたつの勢力ってなるべくであれば「交わらないのが吉」なんです。
このふたつが交われば衝突は避けられない。
つかかなり根本の部分が違うので、歩み寄ることもほぼ不可能、結局最後はお互いに強度のモヤモヤを抱えたまま、精神的な決裂をして終わり、ということになってしまう。
しかもです。これはある種の「思想の違い」なので、どっちかが謝って終わりにはならない。つかお互い謝るようなことじゃないし謝るべきだとも思わない。そうなったら、一度決裂してしまうと、未来永劫、二度と関係は元に戻らない、ということになるわけで。
間違いなく言えるのは「真実はいつもひとつ!」なんて思ってない方が生きやすいですよ。
何を言われても「あ、そういう考えもあるか」と思えるし、腹が立つことも傷つくこともかなり減る。もちろん減るだけでゼロになるわけじゃないけど、それでも平穏な気持ちでいれる時間はかなり長くなります。
逆に「真実はいつもひとつ!」だと思ってる人ってめちゃくちゃしんどそうなんですよ。だって周りが「とあることについて一緒に考えてくれる仲間」じゃなくて「自分と違う意見を持つものは<敵>」なんですよ。そりゃしんどくて当たり前です。
実のところ、アタシも昔は「真実はいつもひとつ」側だった。つまり常日頃、極端に言えば365日24時間、周りにたいして「何で自分の言ってることがわからないんだ!」とイライラしてた。
ある時、ああこれはしんどいってのに気づいた。これまた「多角的に見た方が物事が楽しめるから」というようなポジティブな理由ではなく、単純に「しんどい」という、きわめてネガティブな理由です。
正しかろうが間違ってようが、日々生きていくのがしんどければ、何の意味もないんですよ。んで仮に間違ってようが(もちろん法の範囲内でね)、とにかく毎日が平穏で楽しいのであれば、それが<自分の中での>正解だと。誰にとってもじゃなくていいじゃん。とにかく自分の中だけであっても正解であれば、ね。
これも押し付けるようなことではない。真実なんていくつもあるんだよ、という意見にたいしてどうしても納得出来ず、しんどさを受け入れる、もしくはしんどいと自覚してないのならば、それもその人<だけ>の正解です。
アタシは基本的に、というか根っからの「しんどがり」なんですよ。だから極力ラクに生きていけたらと思ってた。
つまりどっちのが「より根っ子なのか」って話で、アタシの場合、「しんどがり」と「真実はいつもひとつ」ならば確実に「しんどがり」の方が根が深いと。しかもこれは相反するものなのでどっちかをあきらめなければいけない。だからアタシは「真実はいつもひとつ」を捨てた。
捨ててみてわかったのは、ラクになったと同時に、楽しみ方の幅が広がったというのを感じた。つまらないと思ってたことも「そういう角度からの視点もあるのか」と素直に認められるようになったからです。
ココでも書いたように、オカルト嫌いだったアタシに新しい視点を与えてくれる動画を見つけて楽しみが増えたし、特撮に興味のないアタシにキーフレームさんが「こういう視点なら面白がれる作品がありますよ」といろいろ紹介してくださるので、ちょっとだけ特撮にも興味が出てきた。
もし仮に、以前の自分なら、そういうのは興味ないんで、とバンッとシャッターを降ろしていたと思う。でもそれを止めた。止めたら、まあまあ、何でもそこそこ楽しめるじゃん、と。
何度も言うけど、だから「多角的に見た方がいいよ」という話じゃない。あくまでアタシ個人の経験です。でも少なくとも、この世にひとりはそういう人間はいるってことですよ。それでいいんじゃないッスかね。
