はいヤーマン、やぶにらですぅ。分解開始ぃ~ん!(←カンケイナシ)
 てなわけで、今回は話をYouTubeに絞ってね、というか「見る側」ではなく、やる側というか「作る側」という観点からいろいろ書いてみようかと。

 まず最初にこれだけは言っておきます。
 何故YouTubeなるものを「作る」のか、もうそれは、ぶっちゃけ、単純に「収益のため」です。もっと身も蓋もない言い方をすればカネのため。これはまだ収益化が達成出来てないアタシのような泡沫ユーチューバーであっても「収益化のため」に動いているわけで、結局は一緒です。
 もちろん「カネにならない=誰もやらない」とは言わない。でももし、いくら動画を作ったところで、んでどれだけ再生回数、再生時間が稼げたところで、一切収入にはならない、とかであれば、ユーチューバーの人口は、そうですね、どれだけ多く見積もっても今の1/10もいれば良い方じゃないか。これは嫌儲厨がどれだけ騒ごうがそういうものです。

 って、ちょっと待てよ。だったらSNSとかブログとかはどうなの?と思うかもしれないけど、ま、これはやってみたら嫌ってほどわかるけど、労力がまるで違う。いくらアタマを使ったところでSNSへの労力の最大値などたかがしれてる。でも動画はそういうわけにはいかない。動画の「労力の最大値」がどれほどなのか考えただけでも恐ろしい。
 言うまでもなく最大値の労力で動画を作っている<個人>(というかワンオペユーチューバー)はいないと思うけど、それでも10分以上の動画を制作するにはかなりの労力と時間が必要なのです。
 だからね、ユーチューバーがラクして儲けるスタイル、みたいなことは絶対ない。無責任一代男じゃあるめーし。むしろ「いくら遊びでも、これを<継続的>に<ギャランティなし>でやるのはしんどい」というレベルなのです。

 というか<遊び>ってね、実は仕事より難しかったりするのです。というのがまず最初のテーマです。
 長く同じ趣味を続ける方法として、何らかの目標を立てて、それに向かって、という<やり方>があります。このやり方はとにかく<目標>までは「飽きづらい」というメリットはある。
 しかしあくまで飽き<づらい>であって「飽きない」ではない。目標を高く設定しすぎたり、逆に簡単に達成出来る目標にした場合はわりと簡単に飽きてしまうこともあります。
 だからひとつの趣味を継続的にやって行こうと思うなら、何らかの<飽き>対策は絶対に必要で、このエントリの趣旨に反するので具体的な<飽き>対策は書きませんが、それを意識しておかないと「すぐに夢中になるのはいいが、すぐに飽きてほっぽり出してしまう人」というふうに思われてしまう。周りから何と思われようがどうでもいいんだけど、すぐに飽きてしまってはつまらないのは自分自身ですからね。

 当然この<飽き>というのはメンタルの話です。
 他にも趣味を続けられない原因として金銭的問題とか居住地の問題とかその他、家庭の事情とかもあるんザンスが、それは仕事でも同様のことが言える。
 しかしメンタルにかんしては仕事と遊びではぜんぜん違う。とくに「飽きた」とか「なんとなくつまらない」とか「一部に不快な人間がいる」とか、そういうことってね、仕事であればそこまで問題になりづらいのですよ。
 何故ならちゃんとお給金が発生してるから。これで生活してるんだ、とまで行かなくても、このおかけでほんのちょっとでも贅沢が出来る、と思えば、わりと何でも我慢出来る。というか逆の言い方をすれば、その程度で放り投げてたら「同じような条件で同じようなお給金の仕事にありつけるかどうかわからない」わけで、ま、いいんでないの?と思い込みやすいというか。

 ところが遊びとか趣味にこうしたエクスキューズはない。飽きたと言って放り出しても、それでただちに生活に困ることがない。だから「やめる」ことへのハードルは仕事よりも圧倒的に低いのです。
 だからね、YouTubeで言えば、収益化がされないままの人は、更新が停滞したままになったり、チャンネル自体を削除してしまう、なんて方向に行きやすい。逆になんだかんだ収益化済で、毎月それなりの額が入ってきてる人は、それこそなんだかんだ更新し続けるケースが多いように思います。
 というかアタシはずっと「無償ボランティア3年限界説」と言ってて、そこそこの労力と時間を使うことを完全に無償でやり続けられる期間なんて3年が関の山だと思ってる。もし「それ以上」となったら、それこそ「3年経とうが4年経とうが楽しくてしかたがない」というきわめてレアケースだけでしょう。

 いやこれ、本当にレア中のレアである、ということは常に念頭に置いておかなきゃいけないと思う。
 もしこれがYouTubeなどでなく、つまり収益化もクソもない、純粋な趣味であるのであれば、3年経ったら一回その趣味から離れた方がいい。ここで無理して続けてしまうと後々見るのも嫌になる可能性もあるわけで、ま、しばしの休止期間を設けた方が永続的に続けていきやすい気がする。
 休止期間の期限はとくに設けなくていい。ただ本当にその趣味が好きなのであれば、自然と「再開したい」という気持ちが復活するはずなので、それまで待てばいいんです。というかそもそも誰にも強制されてないことなんだからどれだけ休止期間が長くても他人さんには一切関係ありませんから。
 しかしですよ、これがYouTubeの場合はそういうわけにもいかないのです。
 もし2年とか3年とか更新してない状態が続けば、もうそのチャンネルは削除されたも同然で、現実問題<復活>は非常に難しい。
 もちろん視聴者さんが離れていったとか、そういうこともあるかもしれないけど、それだけ離れたらYouTubeの編集のやり方なんて忘れて当然で、またイチから、になる。つまり積み重ねがなくなってしまうのでめちゃくちゃしんどいのです。

 さらに言えば、3年も経てば潮流も変わってしまっている。
 これは「どんなジャンルが人気か」ではなく、もっと細かい編集方法は本当にかなり流行り廃りがあるんです。これは自分がYouTubeを始めてから気づいたことです。
 例えば5年くらい前の動画(もちろん他の方が作られた)を見てみると、ああこれ、最近の動画なら絶対こういうことはしないよな、みたいなケースがよくあるんですよ。
 あ、そこでそのSE入れちゃうんだ、とか、テンポ感が今とは違うよな、とか、そこかしこに<古さ>を感じてしまう。つかこれが10年も前のものだと「なんて映像が暗いんだ」とか「なんて音声の<入り>が悪いんだ」とかそんな動画は山のようにありますからね。
 こうなったらですよ、もし数年ぶりにYouTubeを復活させるためには「機材を一新させる」のと「今の編集スタイルの流行りを頭に入れておく」というのは絶対に必須なんです。別に完全に今っぽい編集にする必要はないけど、最低限頭に入れておかないと話になりません。

 と書けば、如何にハードルが高いか理解してもらえるはずです。
 ただでさえ、というかただの趣味でさえ復活させるにはメンタル面でのハードルが高いのに、YouTubeは金銭的なことプラス技術的なことの両方でハードルがあるので、放置してあったYouTubeチャンネルを再始動させるなど、ほとんど不可能と考えて間違いないはずです。
 いや実際、1年程度ならともかく、数年放置してあったチャンネルが復活したケースをアタシは知らない。もちろんあるにはあるんだろうけど、それはそのチャンネル主さんがよほど意思の強い方だったということだと思います。
 つまり、これまたレア中のレアと言えるわけで、総じて言えば「YouTubeを続けたければ、どれだけ遅くても4年以内に収益化してないと無理」という結論に達してしまうわけで。
 え?4年?3年じゃなくて?と言われるかもしれませんが、他の趣味と違って、まァニンジンがぶら下がってるのは事実なんでね、1年くらいは猶予ってことにしてもいいんじゃないかね、と。

 ここまではあまりにもカネがカタキみたいな話に終始しましたが、ここからはもっとそもそもの話をしていきます。
 それは「動画の編集って楽しいの?」というかなり根本的な話です。
 ま、こんなの、言うまでもなく人による。それはそうなんだけど、さらにそもそもの話からはじめたい。
 これが、いわゆる「ゆっくり実況」タイプの動画はちょっと別なんですが、昔ながらのユーチューバースタイルというか、バストショットの映像で延々喋り続ける類いの映像の場合、こういう疑問が出てくるはずです。

 それ、撮って出し、でいいんじゃないの?

 「撮って出し」というのは言い方を変えれば「無編集」ということになるのですが、実際撮って出しの動画は非常に少ない。やはり多少なりとも編集を加えている動画がほとんどです。
 編集の中には「テロップを入れる」とか「SE(効果音)を入れる」とかそういうこともあるけど、これにかんしては全員が全員やってるわけじゃない。
 でもカット編集、つまり不必要と思われる映像や音声をカットしていく、というのは、少なくとも令和ヒトケタ後半年現在ではやってない人を探す方が困難です。
 しかしこれもいろいろと潮流があって、それこそ一時期「何も喋ってない場所は全部切っていく」というのが大流行してました。つまり「喋りの<間>を全部切る」というやり方です。
 でもこのやり方はすでに古くなっている。というか<古い>と見做されやすくなってるというか。
 アタシはセリフの間を切るというやり方が大嫌いで、つかそんなやり方でテンポ作るなよと思ってた側なので別にどうでもいい。でも古参のユーチューバーの人にはなかなかこれが止められない人もいる。というか編集は<癖>が大いに出るので、相当強く意識してないとついつい慣れたやり方になってしまうのです。

 ところが同じ古参ユーチューバーでもそうしたことに影響を受けない人もいる。例えばアタシが敬愛するとして止まない「カズチャンネル」のカズさんの(というかカズチャンネル編集チームの)編集は、そもそも最初の時点から「流行りの編集スタイル」を取り入れていないので、昔の動画を見てもそこまで古さを感じない。
 というかそれこそ一定の時期まではカズさん自らが編集していたので、この人独特の編集スタイルがより際立っており、古いどころか面白さの方が強いんです。
 つまり最初の段階で、あまり他のユーチューバーを参考にせず、独自スタイルを作ることが出来れば流行り廃りの影響を受けづらい、という何にでも当てはまる話です。
 ただこれが非常に難しい。やはり最初はどうしても「見様見真似」になってしまいがちで、もちろんそれはしょうがないことではあるし、それが一番の上達の早道かもしれないけど、そのスタイルで行く限り流行り廃りの影響を受けやすいというのを頭に入れておく必要があります。

 これがアタシなりの「動画の編集って楽しいの?」の解答です。
 ってどこが?と思われるかもしれないけど、とりあえず<形>として成立する編集は見様見真似でも繰り返しやっていったら誰にでも出来るようになります。
 ただこれではまったく編集が面白くない。つか結局は作業にしかならないので面白いわけがない。
 しかしここに「如何にして他人さんがやってない独自の編集スタイルを築くことが出来るか」というチャレンジというか要素が加わると一気にクリエイティブになって俄然面白くなる。
 アタシも実はそうで、隠れテーマとして「アニメーションをどう使うか」というのがあったりします。
 アタシはアニメーターでもなんでもないし、アニメ制作にかんしてはズブの素人だけど、ずっと念頭にあるというか「こんな動画が作りたい」ということにかんして言えば「ゲバゲバのような」ってのがあって。
 実写コントと木下蓮三&スタジオロータスによるアニメーションの融合、あれをやりたいとずっと思ってる。当然のことながらめちゃくちゃ手間暇がかかるので簡単ではないけど、そうした「独自性のある目標」があるだけでも編集はぐっと楽しくなります。

 要は「見様見真似から脱却した時に初めてその人独自の世界が開ける」って話で、そもそもこれも「見様見真似から脱却<したい>」という意思がなければ何もはじまらないのですがね。
 というわけでPage2に続く。

次のページ→




Classic Yabuniraチャンネル裏話 動画制作 YouTube やぶにらこぼれ X/Twitter/SNS全般 インターネット サブスク/有料ネットコンテンツ 2010年代 2020年代 映像 テレビ ラジオ メンタル クルマ エンターテイメント クリエイティブ/アート フェイバリット だてレビ 2026年 収益化 労力 仕事 遊び 飽き 撮って出し 編集 見様見真似 独自スタイル カズチャンネル 生配信 プラットフォーム カメラマン 生放送 はがき職人 チャット欄 完パケ納品 ラクして儲けるスタイルじゃない PostScript 全2ページ