アタシはね、最終的には「時代なんか関係ない」が訪れるんじゃないかと。何というか、そうなることこそ「文化の成熟」ではないかと思っています。

 Page1の冒頭に論語の一節を書きましたが、論語が書かれたのは紀元前の話です。つまり古いどころの騒ぎではない。化石級の古さです。
 じゃあ、令和の現在の人たちに論語がまったく刺さらないのか、というと、そんなことはない。「論語 名言」で検索すればいくらでも出てきますし、ひとつくらいは刺さる名言があるはずです。
 もしかしたら物事の「良い悪い」はあるのかもしれない。しかし「新しい古い」はない。どれだけ古いモノでも現代で立派に通用するモノ(考え方)もあれば、流行りモノ(=新しいもの)でも素晴らしいモノなんかいくらでもある。
 いやこれもしつこく書いてきたけど、人間なんてたいして進化しない。つかしてない。そもそも進化どころか<変化>さえほとんどしてない。
 進化したり変化するのは常に文化だけで、感情とか考え方とかはそれこそ孔子の時代から著しく変化してないからこそ論語がいつまで経っても引用され続けているのです。

 さてここからは、さらに話を広げます。
 アタシはね、もし、インターネットが「良い方向に発展すれば」という条件付きですが、もしかしたら<新しい>とか<古い>みたいな壁を取っ払う存在になる可能性があると思うんです。
 インターネットという<メディア>についてはココに書きましたが、インターネットの最大の利点は実は即時性ではなく「アーカイブ性」だと思っている。
 インターネットのアーカイブ性は強力で、虚実綯交ぜ、玉石混交という欠点はあるにしろこんなに居住地を問わない、検索性が高い、実質的にほぼ無制限の保持能力があるメディアは今まで存在しませんでした。

 話が逸れるようですが、現今(2025年現在)は古い書籍に限ってですが、んで登録は必要とはいえ「デジタル化された書籍をインターネット越しに閲覧することが可能」というサービスを国会図書館が行なっています。
 国会図書館のサービスのおかげで、当初はインターネットからの発信ではなかった書籍類も「インターネットのアーカイブ」になるわけで、もしかしたら近い将来、すべての事象のアーカイブを活用したり楽しんだり出来るようになるかもしれない。
 こういう時代が訪れたらやがて「その作品やアイデアがいつどこで作られたか」を無視出来るようになるのではないかと思っている。例えば2019年頃から海外で1970年代の日本のシティポップに注目が集まった、なんてことがありましたが、これなんか典型だと思うんですよ。

 だからこそ、なんですが、さすがに著作権法を現行のまま放置出来ないだろ、と思ってしまう。
 おそらく「海外在住」で「日本のシティポップ」を聴いた大半の人は違法アップロードされたものを聴いたんだろうし、それを「違法だから即削除」というようなやり方はビジネスチャンスを逃すだけのやり方な気がする。
 さすがにね、もうこうなった以上「各国毎に個別の著作権法がある」ってのは無理がある。インターネットの発展で情報やアーカイブの流通が根本から覆ってね、まったく同じファイルがインターネット上にあったとして「日本ならセーフ、アメリカならアウト」なんて現状にそぐわなさすぎです。
 他のどんな法律が国ごとに分かれていたとしても、著作権法だけは全世界で共通化しなきゃいけないと思うし、もし共通化出来ないのであればインターネットも国ごとに閉じられたものにするしかないんじゃないか。
 もちろん著作権法を共通化するというのは「違法ファイルの根絶」を意味します。
 と言っても「違法ファイル即削除」ではなく「違法ファイルにたいして正しい著作権者に著作権料が支払われる」という仕組みを作ることに他ならない。つまり著作権違反が悪ではなく「他人の褌で儲けることが悪」という法律にするのです。
 これが出来ればテレビ番組がYouTubeにアップロードされてもテレビ局は痛くも痒くもない。むしろ「どんどん録画してどんどんエンコしてどんどんアップしてね」となるかもしれない。

 ま、実際はタレントとの契約の問題があるだろうし、そのタレントにとって都合の悪い映像にかんして所属芸能事務所が何らかのリアクションを起こすかもしれないけど、それはまァしょうがない。
 でもそれって民事の話だと思うのですよ。つまり刑事罰が云々は違う。
 いやね、著作権にかんしてはアタシもいろいろ思うことがあって、それこそゲーム配信や漫画アニメの二次創作を載っけた同人誌が幅を効かせているのも、結局は「商売ありき」だからなんです。
 さすがに企業側も「ゲーム配信や同人誌が売り上げに貢献している」ことくらいは認識しているはずでね、だからいわゆる<黙認>という形やコミケなどで見られる「1日限りの版権許可」が取られている。
 <黙認>と言うのは言い換えれば「厳密に言えばアウトなんだよ」ってことです。
 もし企業側が杓子定規に「アウトなんだから今すぐ止めろ」とかしたら、コンテンツの人気があっという間に萎む可能性もあるわけで、現状、よほどタチの悪い二次創作以外は「版権を卸してる企業の手前、あんまり大っぴらにはやらないでね」で収まってる。
 要するにです。あくまで内容が常識的な範囲で留まっていればという前提ですが、マックスでギリギリ黒字になるレベルであれば、要するに「小商い」であればお目溢しする、というのが業界ルールになってるというか。

 話が変わるようですが、ココでも書いたように、戦前期、浅草松屋に「ミツキイ横丁」なるものが存在していました。


 「ミツキイ」とは例の白手袋をしたネズミのことですが、たしかに今の目で見るとただの著作権違反です。
 さらにココで書いた通り、「孫悟空」という1940年につくられた映画の中で、当たり前のように「ハイホー」や「狼なんか怖くない」といった楽曲が登場する。


 こうした事例を見て「当時の人間は何と怖いもの知らずなんだ!」と思うのは浅はかで、これはまだ著作権という意識が希薄だった時代に加えて、アチラさんからしたら「所詮極東の島国でやってること」くらいの話というか、まァ、相手にもしてなかった、それくらいの話だったと思うんです。
 だけれども、戦前期と今とではインターネットのおかげで体感距離がまったく変わってしまった。アチラさんとしても「所詮極東の島国の戯事」で済ますわけには行かなくなった。

 ここまでしつこく、物事に新しいも古いもない、人間なんて簡単に進化も進歩もしないと書いてきましたが、唯一、著作権法だけは、時代に即したフレキシブルな対応が求められると思うんです。
 本当に著作権がキチンと整備されたら、インターネットのアーカイブ性はさらに強力になるはずで、より簡単に「新しいって息巻いてるけど、それって本当に新しいの?インターネットで検索すれば過去の事例なんていくらでも見つかるけど」なんてことがはっきりするんじゃないか。
 そう考えれば、令和の今、やたら<新しい>と声高に主張したがるって過渡期ならではというか、もし今よりもアーカイブ性が強力になると新しさの正体を一発で見破られるようになるんだから。
 つまりはね、アタシが思うに「<新しい>と声高に主張する」というのは一種の流行なんですよ。
 あくまで著作権法が本当にちゃんと整備されたらという前提ですが、近いうちに<新しい>が最大の売りなんて<やり方>は廃れる。いや相手にもされなくなる。
 たぶんね、そうなって以降になってから初めて「自他共に認める本当に<新しい>」事象が登場するはずです。んでそれらはけして<新しい>かどうかでは勝負しない、というか、つくられた時代関係なく優秀なモノと競っていく時代が来るんじゃないか。

 もちろん流行りに乗っかるってのは悪いことではないんだけどね。でもそのせいで軽薄に見えるのは仕方がないと思うし、強弁すればするほど詐欺師めいたニュアンスを嗅ぎ取る人が増えるのも覚悟した方がいいんじゃないかなぁ。






これはココで書いたのでオミットしたんだけど、<新しい>と<古い>と<普遍>とさらにもうひとつ<流行>ってのがあって、つかね、本文中にも書いたように実は新しいとか古いなんてものはなくて、あるのは<普遍>と<流行>なんですよ。
で、たいがい<新しい>とか<古い>とかって言われることって、ほぼすべて<流行>の話なんです。
そりゃあ「許してチョンマゲ」とか古いわ。だってただの流行だったから。いや流行ってのは例外なく時間を経る毎に古くなる。もし「古くならない流行」があるとするなら、それは流行ではなく<普遍>だっただけの話です。
つまりね、新しいだの古いだの言ってるうちは所詮はただの流行で、そんなの相手にされないに決まってる。だからそうじゃなくて「これは旧来にない<普遍>だ」ってのを示さなきゃいけないんだけど、<普遍>がどれだけ偉大かがわかってないとそんな言葉は出てこないのです。
メチャクチャ正直に言えば、ここ数年「これはただの流行ではない。間違いなく<普遍>の存在としてそびえ立っていく」と思えるものって本当にない。つか普遍を目指してる人が少なすぎる。
Apple Vision Proとかね、スマホクラスの普遍を目指してるのはわかるけど、ぜんぜんその域に達していないように思えるし、普遍って目指せば必ず達成出来るもんじゃないんです。間違いなく流行よりもハードルが高い。
んでこれは絶対の自信を持って言えるんだけど、もし<普遍>が提示出来たら、熱狂的に支持する人がいない代わりに、大勢の人が「当たり前のように」受け入れる。<普遍>になったものってみなそうだから。
つまり熱狂的に支持されてるようじゃあ、ねぇ。つか別にテメエが気持ち良くなってるかどうかとかどうでもいいんだから。


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