まずはざっくりと、自分の引っ越し履歴を書いておきます。その方が後々わかりやすいだろうからね。

1968年 兵庫県神戸市で生を受ける
1974年 神戸市内の現実家に引っ越し
1987年 大阪府大阪市住吉区の長居駅近辺でひとり暮らし開始
1988年 大阪府某所に転居
1990年 大阪府某所に転居
1992年 大阪府某所に転居
1993年 大阪府某所に転居
1994年 東京都渋谷区に転居
1994年 大阪府某所に転居
1995年 神奈川県茅ヶ崎市に転居
1997年 大阪府大阪市阿倍野区に仮住まい
1997年 福岡県春日原市に転居
1998年 福岡県久留米市に転居
1999年 福岡県福岡市に転居
2000年 兵庫県川西市に転居
2001年 東京都杉並区に転居
2002年 東京都中央区の人形町近辺に転居
2004年 兵庫県神戸市に転居
2007年 神奈川県藤沢市に転居
2009年 神奈川県横浜市神奈川区に転居
2010年 神奈川県横浜市港北区に転居
2011年 神奈川県横浜市港北区の新横浜近辺に転居
2012年 イギリス・ロンドンに語学留学で半年滞在
2013年 神奈川県鎌倉市に転居
2014年 神奈川県藤沢市に転居
2019年 兵庫県神戸市に転居
2020年 兵庫県神戸市(上記とは別の場所)に転居
2023年 東京都某所に転居

 ふぅ、書くのも疲れるレベルの数ですが、実は<転居>という意味で言えば、アタシが生まれた時に住んでた家から、1974年の現在の実家に引っ越すまでの6年間で7回引っ越ししてるらしい。もちろんどんなところだったのかほとんど憶えていない。唯一憶えているのは今の実家の前に住んでた団地だけです。
 それを換算すると、今まで住んだ場所は何と33!50代後半という年齢を考えたとしても、これは呆れ返るほど多い。なにせ平均居住期間は1.7年。なんだこの短さ。阪神の監督の在任期間より短いよ。ま、楽天の監督よりは長いか。幸いFAXも送られてこないし。←カンケイナシ
 しかもです。小学校中学校高校に行ってた期間は当然実家住まいなわけで、この12年間を除けば約1.4年。つまり引っ越しても1年と半年も経たないうちにまた引っ越しを繰り返していることになる。

 とくに1987年から2004年まで、年齢で言えば18歳から36歳までですが、がすごい。ほぼ1年に一回は確実に引っ越ししている。
 自分でも呆れるのがこの期間の引っ越し先で、たとえば「関西」とか「関東」とかの範囲で引っ越しとかならまだ理解されやすいと思うけど、大阪、兵庫県川西市、東京、茅ヶ崎、福岡、とまさに全国を股にかけている。しかも2001年の東京都杉並区への転居以外、いわゆる転勤による引っ越しでないんですよ。
 転勤でもないのに全国各地に引っ越しを繰り返す、まさに常人には理解出来ない狂人の所業です。もちろんアタシなりに全部<理由>はあるんだけど、いくら理由はあったにせよ多すぎるという事実は変わらない。
 ただ、意外なのは、完全な家なき子、もとい家なきオッサンになったことはほとんどない。唯一それに近いのは1997年の大阪市阿倍野区の高架下の倉庫を仮住まいにしてた時ですが、これもたった半年ほどのことで、住む場所が完全になくなって車中生活みたいなことはさすがにしたことがありません。

 え?そんなの当たり前だって?
 いやいやこのエントリはアタシが如何にデラシネだったかを語るエントリなので

 つまりこの段階ですでに常人の理解は超えてるとは言え、デラシネとしてはまだまだ甘い、と言わざるを得ない。
 かと言ってね、浮浪者や住所不定者とも違うわけで、どこからどこまでをデラシネと呼ぶかは非常に難しいのですが、とにかく、ざっくりと、それこそ「神戸」とか「大阪」とか「東京」みたいな広い範囲でも、根拠地域みたいなのがまるでないのはご理解いただけるはずです。
 強いて言えば、生誕の地であり、今も実家のある兵庫県神戸市ってことになるんだろうけど、何度も書いたように、もう二度と神戸に住むつもりはないし、そもそもそう遠くない先に実家も神戸市でなくなる可能性が高い。よしんば実家の転居がなかったとしても、あと数年で親の年齢的に「神戸市に実家がある」という状態ではなくなる。
 こうなるとです。生まれ育った場所=兵庫県神戸市、現住所=東京都某所、というのははっきりしていたとしても、依然根拠地域は不明で、もちろん現在住んでる東京が根拠地域になればという希望は持ってますが、易々とそうなってくれないのがデラシネのデラシネたる所以なのです。

 市内、もしくはその近辺の市への転居はあったとしても、もうずっとこの辺でいい。この辺に住みたい、と思っていたのが2014年から居住していた藤沢市です。
 その前年から隣りの鎌倉市に居住していたし、1995年からの2年間も鎌倉の反対隣りの茅ヶ崎市、2007年からの2年間は同じく藤沢市、んで2009年からはギリギリ藤沢と隣接してる横浜市に在住していた。
 つまり藤沢近辺に計13年住んだことになる。これは小中高を過ごした現実家の12年を上回ります。
 つまり2018年の時点では、根拠地域はどこか、と問われれば、まァギリギリ、藤沢近辺、もう少し広く見積もっても神奈川県と言えなくもなかった。
 ところがまったく不慮の事態に見舞われ、仕事、プライベート、その他諸々、すべての面で追い込まれ、実行はしなかったとは言え自死寸前まで追い詰められて、結局藤沢から離れることになった。
 しかも極限までの嫌な記憶とセットになってしまったので、すべての事態が片付いて以降も藤沢市に戻りたいとは思わなくなった。さすがに今は遊びに行く程度なら大丈夫だけど、しばらくはただ藤沢に立ち寄るだけで胸が苦しくなったくらいです。
 当然そんなところに住みたいとは思わない。こうしてアタシは根拠地域候補筆頭だった藤沢近辺を失うことになるのです。

 そうなるとです。やはり、いや神戸があるじゃん、もし仮に親がいなくなっても生まれ育った場所ってことには変わりないんでしょ?という話になるのは当然です。

私、生まれも育ちも葛飾柴又です
帝釈天で産湯を使い~


 と車寅次郎も言ってるように、寅さんだってもしひとつ根拠地域を挙げろと言われたら柴又を挙げるだろうし、もしいずれ所帯を持つとするなら、それは柴又だ、と思っていたはずです。
 何より寅さんから「生まれ故郷を毛嫌いする」というムードが微塵もない。
 この「生まれ故郷は絶対」感はわりと誰しもが持ってるはずで、もちろん昔の旅回り一座やサーカス団、あと極端な転勤族などを親に持った場合のように「そもそも生まれ故郷がはっきりしない、わかっていたとしても何の記憶もない」場合は別ですが、でもアンタは違うじゃねーか、と言われたらその通りなんです。
 ただし「イムジン河」(の松山猛訳詞バージョン)みたいな状況だったりもそうだし、東日本大震災など故郷が壊滅的な被害を受けた場合はそうとも言い切れないんじゃないか、とは思う。実際、長く立ち入り禁止区域だったところが復興して、また住めるようになっても、もうぜんぜん別の街なのですよ。正直そこを故郷と見做すのは難しい。

 では神戸はどうなのか、という話をしなきゃいけない。
 ご存知のように1995年に起こった阪神淡路大震災で神戸は大ダメージを食らった。しかし震災前の神戸はカネ儲けだけは上手い街だったので、つまりカネは持ってた。だから意外と迅速に「表面上」は復興を遂げました。
 ただこの「表面上」はというのが曲者で、たしかに二十一世紀に入った頃には一見「元の神戸に戻った」ように見えた。でも実態はというと、本当に「表面上」<だけ>で、ものすごく嘘臭いというかハリボテの街が出来上がった。
 というのも神戸市は下手にカネを持っていたのでハリボテの街を作るくらいの財力はあった。しかし神戸市はハリボテではどうしようもないのです。そこが神戸市という街の特殊性で、アタシが幼少期に暮らした神戸の<あの感じ>は歴史の積み重ねがないと、せめて重厚感のようなものがないとどうにもならないのです。


 2011年、震災から16年後のことですが、このタイミングでアタシは生まれて初めてヨーロッパ、具体的にはイギリスに行った。
 不思議だったのは、イギリス、というかロンドンの街を歩く毎に、奇妙な「懐かしさ」のようなものを感じたのです。しかしそれはたんに街並みが古いからではない。ヨーロッパ特有の、古いけど重厚で、それでいて新しいものも積極的に取り入れる、その感じが記憶の中にある1980年代までの、つまり震災前までの神戸に酷似していたんです。

 アタシはこの旅をきっかけに何度もイギリスに行ったし、冒頭に書いたように2012年から2013年にかけて半年間もロンドンに滞在している。(その時の話は「ロンドンライフに花束を」に書いてます)
 それは要するに、いろんな事情があったとはいえ、結局はロンドンという街が大好きになったからに他ならない。いくら事情があったにせよもし嫌いなら何度も何度も大金使って時間をかけてイギリスくんだりまで行くわけがない。

 となるとです。こうも言える。
 少なくともアタシは「ロンドン=昔の神戸に酷似」と感じた。そして「ロンドン=大好きな街」とも書いた。
 そうであればです。もしあの震災がなく、往時の姿をある程度留めたまま現存していたら、神戸にたいしてまったく違った印象を持ったのではないか、と思うのです。
 仮にですよ、もしロンドンが未曾有の災害に見舞われ、ハリボテの街として再建したとするなら、もうそんなのはロンドンじゃない。たぶんアタシもまた行きたいなぁとは思わないはずです。

 2019年からの神戸居住中期間、アタシは何度も「神戸の空気が合わない」と書いてきましたが、ハリボテの、もっと辛辣に言えば「ニセモノの神戸」に強烈な違和感を覚えるなんて当たり前の話です。
 「今の行政がひどすぎる」とか「活気がなさすぎる」とかは、もしかしたら些細なことだったのかもしれない。というかハリボテの街にちゃんとした行政を期待したり、活気を求めること自体が間違ってるのかもしれない。
 神戸出身の森山未來は「人間味のない役をやれば天下一品」の役者だけど、実は人間味が豊かで神戸の活性化のためにいろいろ動いている。それは本当に立派だし、アタシも森山未來の活動自体は応援してるけど、森山未來本人が成功者であることは疑えず、成功者だからこその余裕と見ることも出来る。
 残念ながらアタシはデラシネであると同時に挫折者であると言える。挫折者は「神戸を何とかしよう」と思う前に「自分自身を何とかしなきゃいけない」わけで、神戸と一緒に朽ちていってる場合じゃない。とにかく自分だけでも何とかしなくては、という気持ちから2023年東京に移住したのです。

 とにかくです。
 これで神戸にたいして根拠地域という感覚が完全になくなった。むしろ「ここにいたら自分がダメになる」という感覚すらあり、いわば「忌み地」である、とさえ言えるほどになった。
 この辺はつくづく運だな、と思う。もしあの震災がなければ神戸への感情はまったく変わっていただろうし、仮にアタシが森山未來のような成功者なら神戸を立て直す側の人間になりたいと思ったかもしれない。
 しかし現実は震災もあったしアタシは挫折者になった。そうなったらもう、また別の根拠地域を求めて彷徨い歩くしかないんです。

 そんな感じでPage3に続く。

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