なんだかここまで重いネタというか、ネガティブ方面のセンセーショナルな出来事ばっかりだったのですが、ここからは明るいネタを中心になっていきます。
いや、ただ時系列で書いていったら、たまたま後半にポジティブ方面の話が来ちゃっただけなんだけど。
| 8月21日 |
・第67回全国高校野球選手権大会は大阪・PL学園高校が1983年夏(第65回)以来2年ぶり3度目の優勝。決勝戦(対山口・宇部商業高校戦)で清原和博が1大会新記録となる5本塁打を放つなど、桑田真澄との「KKコンビ」としてのラスト甲子園で有終の美を飾る |
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もう、これは外せない。

とくに清原ですよ。清原の通算成績を見て「どこが育成失敗?」と言いたがる気持ちもわからんではないけど、リアルタイムて見てた世代からしたら、紛れもない育成失敗と言いたくなる。それくらい、ちょっとあり得ないレベルで図抜けていたっつーか、高校生の中に「プロ野球選手がまぎれこんでいる」じゃなくて「プロ野球で4番張ってる選手がまぎれこんでる」って感じだったんだから。
んで清原の圧倒感をもっとも的確に表現したのが植草貞夫の名実況でしょう。
その後も松井秀喜や松坂大輔など甲子園を震撼させたビッグネームはいましたが、それでも清原には及ばない。というかKKコンビのもうひとり、桑田真澄も十分すぎるくらいすごいんだけど、比較対象が悪すぎる。
だからね、その後どれだけ清原が悪行を重ねても、んで好きとか嫌いとか関係なく、やっぱり「清原和博」という選手への特別な感情は消せない。それはリアルタイムで見ていた人に共通する思いだと思う。アタシは主語がデカいのは嫌いなんだけど、だからこそ「みんな好き」とは言わないけど、あんな期待を背負って、具体的には「王貞治の通算ホームラン記録を抜くのはこの男しかいない」という破格の期待を背負ってプロに入った選手は他にいないと思うのです。
例えば松井秀喜なら「ゴジラ」という愛称があった。そして江川卓や松坂大輔は「怪物」と言われた。
でも清原にそうした愛称はない。清原は清原だった。つまり「ゴジラ」や「怪物」と同列で「清原」という名前があった。「清原」だけで突然変異生物と同じ意味があったのです。
その清原のプロ通算ホームランが<たった>525本で終わった。これは総意ではない、あくまでアタシだけの感覚なのはわかっているけど、それでも<たった>という意見は変えない。
もちろん1985年の時点では、ましてやアタシはとくに野球をやっていたわけでもない一介の高校生ですよ。そんな<たった>で終わる未来を見通せるわけがない。だからこそアタシは清原和博という選手にたいしてとてつもない未来を思い描いてしまった。
「そうはならなかった」というのはただの結果論です。現実が違っただけでいち高校生の<夢>を否定する気にはならない。
というかですよ。そんな<夢>を見させてくれる野球選手がそもそもそんなにいない。それだけでもアタシの中では特別な存在だし、それは誰かに否定されても変えられることじゃありません。
でも・・・、何であの時巨人に行ったかな。もしあそこで巨人にさえ行かなければ(阪神でもいいし西武に残留でもいい)、野球選手としてあそこまでスキャンダラスな後半生にならなかったと思うんだけど。かと言って今の目で見たら、んで阪神贔屓からすれば「清原が阪神に来なくて良かった」とも思うんだけどね。
んな感じで8月は終わり。つか8月はほぼ月表もなしレベルだけど、ほんとにこれくらいなのよ。つまり「日航機墜落」「アフタヌーンショー」「KKコンビ」この3つで話が終わる。でもその3つがあまりにも馬鹿デカいので、こうやって異様に長々と書いたわけでして。
とにかく「Summer」縛りなんでね、ということはオーラスである9月に参ります。
| 9月1日 |
・道路交通法が改正され、四輪自動車の高速道路走行時における前席でのシートベルト着用が義務化 |
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| 9月2日 |
・NTTが携帯電話「ショルダーフォン」を発売 |
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| 9月11日 |
・ロス疑惑の三浦和義が逮捕 ・女優の夏目雅子が急性骨髄性白血病により死去。27歳没。 ・本田技研工業が軽ボンネットバン「トゥデイ」を発売し、11年ぶりに軽乗用車市場に参入 |
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| 9月21日 |
・任天堂よりファミコン用ソフト「スーパーマリオブラザーズ」発売 |
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| 9月22日 |
・ニューヨークでG5がプラザ合意。翌日ドルは暴落。元も暴落し、日本円は1ドル200円台から100円台に高騰した。この後日本は円高不況を経てバブル景気へ向かう |
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| 9月28日 |
・TBSのバラエティ番組「8時だョ!全員集合」がこの日の生放送を以て終了し、16年間全803回の長い歴史に幕を下ろす |
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| 9月30日 |
・埼京線が開業。大宮 - 赤羽間が新規開業し、池袋 - 赤羽間の赤羽線を埼京線へ編入 ・アークヒルズ内に建設されていたテレビ朝日の新放送センターが完成(名称はアーク放送センター、10月5日から使用開始 |
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こうやって見りゃあ、そりゃ9月も入れたくなるよねってのがよーくわかってもらえると思います。
「ロス疑惑」については別枠で、というかもしかしたら別のチャンネルでやるかもしれないのでペンディングということにして、まずは何と言ってもプラザ合意ですよ。これで日本が狂乱の時代に入ったんだから。
そういや数年前に某企業の某社長がTwitterで「お金配り」をやって話題になりましたが、ここから日本は「誰もがお金配りをやってもおかしくない」というとんでもない状況になった。
これはアタシが大学に入ってから、つか1988年以降の話だけど、バイト代(日給)が取っ払いでマンを超えるなんて「当たり前」というか「普通」の話で、しかもこれは大阪の話ですからね。つまり言うほどは恩恵はない。つか大阪であってもアタシの金銭感覚がだいぶ狂ったのに、もしこれが東京住みだったらどうなってたのよ。ほんと東京の大学に行かなくて良かったと思う。
で、「8時だョ!全員集合」の終了ですね。

もうこの頃は「全員集合」を見ることはほとんどなくなっており、完全に「オレたちひょうきん族」派だった。何で「全員集合」を見なくなったかはココに書いたから割愛するけど、それでもさすがに最終回は見たんじゃなかったっけ。ただしまったく内容を憶えていないし、別に寂しくもなかった。「ドリフターズ」というグループが自分にとって重要な存在であるという認識か一番薄い頃だったし。
ただね、志村けんがイニチアシブを取って以降に、もっと早い段階でタイトルを変えても良かったと思う。メンバー全員が出演し続けたとしても、もっと「志村けん」を全面に出した方が視聴率も取れたんじゃないかな。つか「ごきげんテレビ」も「カトちゃんケンちゃん」じゃなくて「志村けん&加藤茶の」みたいな冠にした方が良かったような。
ま、これは荒井注時代に多大な思い入れのあるジジイの繰り言ですが。
で、そうですよね。「スーパーマリオブラザーズ」の発売ですよね。

しかし記憶で言うなら、発売前から話題沸騰ということもなかったように思う。アタシは発売されてわりとすぐに買ったけど、並んで買ったわけでもなければ売り切れでなかなか買えなかったわけでもない。つか俗に言うバッタ屋で、かなりのディスカウント価格で買ったはずです。
アタシ自身、そこまで欲しかったというわけでもなかった。何だったかは忘れたけど、とにかく臨時で収入があって(っても高校生の臨時収入なんてたかがしれてる)、何でもいいのでファミコンソフトを買おうと思ってね、ためしに弟に「ソフト買うけど何がいい?」って聞いたら間髪入れず「スーパーマリオブラザーズ!」と答えたので、まァだったらそれでいいや、みたいな感じだったことは憶えている。
買って、やってみた感想を言えば、スケール感というか世界観の広がりのようなものはそれまでのファミコンソフトと桁が違うと思った。んだけど、では「桁が違う」ほど面白かったのか、あとこれはアタシがマイコンに淫していたからの発想だけど「技術的にとんでもないことをやってる!」と思ったか、どちらも答えはノーです。
ま、こういう話って「たちまち夢中になった」ってことにした方が話としてキレイだし、そうしたくなる気持ちはわかる。また逆張り精神で「つまんなかった」って書いた方がいいのかもしれない。でも正直に言えばどちらでもない。普通に面白い、でも飛び抜けて面白いとは思えなかった、という何とも中途半端なことしか言えないんです。
それまでやった中で文字通り「桁が違う」ほど面白かったのは「ロードランナー」(ただしマイコン版、というかMZ-1500版)だけで、リアルタイムの印象だけで言えば「スーパーマリオブラザーズ」は到底「ロードランナー」に及ばない。
それでもあれだけの世界観の広がりのある、それでいて完成度の高い作品なのだから話題になった、大ヒットしたというのは十分すぎるくらい理解出来るんです。
でも「後世に語り継がれるほどの大傑作だった」かと言われると、ん?と思ってしまう。そして大任天堂の、金看板を通り越して大看板として令和の今も君臨してるとなると、いやそこまでのモンかねぇ、という気持ちもある。もちろん続編や派生作品のおかげでランクが上がったってのは間違いないとしても、1985年9月に発売された「スーパーマリオブラザーズ」単体で見ると、やっぱ「うーん」ってな感じなのです。
ほんでもって、何の因果か、月表の最後が「またしても」テレビ朝日の話ですか。
アーク放送センターからの放送開始が10月5日、「ニュースステーション」の放送開始が10月7日、そして「アフタヌーンショー」の<やらせ>リンチ事件の発覚が10月8日、テレビ朝日社長の謝罪が10月14日、被害者の母親の自殺が10月15日、(関係ないけど阪神タイガース21年ぶり優勝が10月16日)、「アフタヌーンショー」の最終回が10月18日。
まさに目出度いことと悪夢が同時に押し寄せてきた、というか悪しき体質がよりにもよってこのタイミングで一気に噴出した、という。
アタシは基本的に「膿を出し切れ」とかというのがめちゃくちゃ嫌いなのですが、というかそんなこと不可能だと思ってるというかね(んなもん本当に膿を出し切ろうなんてしたら完全解体しかない)、でもこの件にかんしては「新社屋に移転して、看板もすげ変えて、このタイミングで<ある程度>膿を出してしまえやオラ」と言われてるような感じがする。もちろん言われてるのはテレビ朝日ね。
つかさ、日航機事故の翌日に「パンツの穴」なんか放送したからこんなことになったんだ。そうだそうだ。全部パンツ(の穴)が悪いんだ。もう(穴の開いた)パンツ履かない!(©勝新太郎)

