2013年を迎えました。
 迎えたんだけど、イギリスには正月はない。ニューイヤーの瞬間のイベントはあるけど、日本で言うところのいわゆる「お屠蘇気分」なんてものは存在しません。

 つまり1月2日からは完全に通常運転に戻るわけで、学校が1月2日から始まるのは不思議でもなんでもない。つか直前にクリスマスホリデーでたっぷり休んだじゃん、という感じなのでね。
 しかしね、やっぱ、日本人にはなかなか切り替えられないんですよ。しかしアタシは「1日たりとも学校を休めないご身分」なので、自分ひとりだけでも正月を継続、なんてことも出来ない。だからね、渋々、1月2日に、寒空の中をハマースミスのフラットからホルボーンの学校まで向かったのです。
 いつものように、つか旧年中通りに12時45分くらいに学校に着いた。んで席に座って待ってたんだけど、どうも、何だか変で、知った顔がひとりもいない。
 授業が始まった。というかティーチャーが教室に入ってきた。まったく知らないティーチャーが。

え?誰?つかどういうこと?

 もうね、あきらかにクラスが違う。到底アタシの英語力では理解出来ないことを延々やってる。うん、これはあきらかにおかしい。そう悟ったアタシはそっと教室を出た。
 うーん、何だこれは。いつの間にクラス替えがあったんだ。何も聞いてないぞ。いやそんなことよりアタシのクラスはどこなんだ。
 階段のあたりでウロウロしてると、見慣れた顔がやってきた。紛れもなく同じクラスだったトルコ人です。
 このトルコ人とは別に交流はなかった。たしかFacebookの交換はしたと思うけど親しく喋った記憶はない。
 でも、こんなにホッとしたこともない。ああ、知ってるヤツだ!と思うだけでどれだけ心が落ち着いたか!
 しばらくすると、今度は別のトルコ人、さらにブラジル人も来た。
 とりあえずアタシ同様「何がどうなってるかさっぱりわからないクラスの連中」でレセプション(受付)に行ったんだけど、職員が不思議そうな顔で「キミたちのクラスは時間が変わるって説明を受けてなかった?」と聞いてきた。んで、階段にすんげぇ小さい紙が貼ってあって、それを見るとウチのクラスは午前中になってる!
 いやいやいや、これは気づかんよ。ティーチャーから説明もなかったし。ま、何にしろ、そういうことか。あ、さすがにこの時は欠席扱いにはならなかった。一応学校には来たわけだし。

 帰りの道すがら、ふたつのことが頭をもたげた。
 ひとつは「授業が午前中開始」、正確な授業開始時間は忘れたけど、とにかくこんなことをポストしている。


 今でこそいろいろあって、朝7時起きなんて楽勝だけど、この頃までのアタシはとにかく朝が弱かった。だからもう、これから毎日7時って、と思うだけで相当気が重かったのです。
 たしかに学校には慣れてきたし、むしろ楽しくなってきたのは事実です。英語もほんのちょっとだけわかってきたという実感もあったし。
 しかし、それはそれ、これはこれです。いくら楽しかろうが齢40を過ぎたオッサンが、ちゃんとお給金を貰える仕事ならともかく「毎日学校に行く」ってだけでも辛いのに、朝7時起きって、これは相当覚悟して、気合いを入れなきゃ乗り切れないぞ、と。
 そしてもうひとつ。こっちはネガティブなことではない。でもポジティブってほどでもない。何と言うか、とにかく自分が不思議だった。
 まさかトルコ人やブラジル人を見て「ホッとする」なんてことが起こる得るなんて、ほんの一年前まで想像だに出来なかった。
 一年前どころか、ほんの3ヶ月ほど前までは十把一絡げで「ガイコクジン」というだけで怖がっていたのに、もう「知った顔」であればナニ人とか関係なくホッとするもんなんだ、と。

 いやね、もうここに書いちゃうけど、日本人からしたら最初「欧米人の顔立ちをしているのに英語が喋れない」ってメチャクチャ不思議なんですよ。
 でもぜんぜん、そんなの当たり前の話で、そりゃいくらイギリスやアメリカなどの英語圏の国が側にあろうが母国語が英語じゃなかったら喋れるわけがない。その辺は日本人とまったく一緒です。Page3で書いたように、ここでは「ナニ人か」よりも「その人」個人を求められる。
 それでもやっぱ、お国柄がまったくないかというと多少はある。やっぱフランス人は気取ってるなぁ、とか、イタリア人って本当にノリが軽いんだな、とかね。
 そういや一回、まだアタシが殻を破る前、たまたま隣に座ったイタリア人が異様に陽気に喋りかけてきて、アタシが日本人だとわかるとメチャクチャ興奮して「日本と言ったらワンピースじゃないか!ワンピースのキャラクターを描いてくれ!」と。
 おいおい、冗談じゃないよ。自慢じゃないけどワンピースはほぼ読んだことがない。読んだことがないのに描けるわけがない。
 無理矢理絞り出して、そういや何かトナカイみたいなキャラがいたな、と思い出して、こっそり検索して確認して、強引に描いた。

「オー!!チョッパー!!グッドグッド!!」

 何がグッドなのかさっぱりわからない。こんな下手くそな絵で。まァいいや。悲しまれるより喜んでくれた方がまだマシだわ。
 というかイタリア人なんて日本人から見たら「ディスイズ欧米人」なのですよ。なのにアタシと同じクラスかよ。どうなってんだ。

 そんなことはどうでもいい。
 とにかく翌1月3日から朝7時起き生活が始まった。
 そうは言っても相変わらず家に帰って宿題はしない。宿題はホルボーンの行きつけのスタバでやると決めているのでね。ま、さすがに午後から授業の時に比べたら滞在時間は短くなったけど。
 にしても驚いたのが昼前に行った時にいつもいた店員の兄ちゃんが朝8時にはもういることで「どうした?ずいぶん早いじゃないか」と。「いや時間が変わったんだ。これからこの時間になる」と伝えると「オッケーオッケー」。何がオッケーなんだ。
 いやね、イタリア人だけに限らず、もう、何でみんな、こう軽いんだよ、と。つか「イギリス=ロンドン=霧の街」のイメージが強いし、何か「イギリス人って暗そう」と思ってる人がいるかもしれないけど、イギリス人だろうがナニ人だろうが、とにかく「明るい」というよりも「ノリが軽い」。たぶんそのノリの軽さもあってアタシも退学を免れたと思うし。

 だんだん、この「ノリの軽さ」が居心地が良くなってきた。そして、この軽さは日本では絶対にあり得ない、と思うほどに「帰りたくない」という気持ちが強くなっていったのです。
 アタシの帰国日は2月末。つまりもう2ヶ月もない。そうか、もうそんなちょっとしかここに居られないのか。そう思うと悲しくて仕方がなかった。
 最初は「仕事の事前調査のため」イギリスに住むという決断をした。しかしそれはけして「楽しみ」ではなかった。Page1から2にかけて書いたように、ずっとビクビクしていた。
 そんなだから、もし仕事とか関係なければすぐに日本に帰りたかった。強制送還はさすがに御免だけど、ちゃんとした形で、しかも調査を終えることが出来たらその日にでも帰国したかったのです。
 しかし、徐々に、本当に徐々にですが、何とも言えない居心地の良さを感じずにはおれなかった。もう、何をするわけでもない。ただロンドンという街の空気を吸ってるだけで良かった。
 楽しい、とは違う。たしかに学校は楽しくなったけど、ま、学校にかんしては「苦しくなかったらそれでいい」んです。それよりも、この「気持ちの落ち着き方はいったい何なんだろう」と。
 それまで住んだ湘南や人形町とも違う。もう独特のユルさとノリの軽さを全身に浴びて「もしかしたら一番自分らしくいれる場所ではないか」とさえ思い始めた。
 だからもう、日に日に、帰国日が迫るほどに、嫌で嫌で仕方がなくなった。

あと◯◯日しか滞在出来ない

 指を折って(ま、本当には折ってないけど)、そんな計算ばかりしていた。
 ま、いくら計算したところで残りの日数は決まっている。だからせめて、ロンドンを本当の本気で満喫しよう、そう考え始めるに至るのです。
 そうは言っても、観光名所、たとえばバッキンガム宮殿であったりタワーブリッジに行ったりね、そういうことじゃない。むしろそういうところには行かない。普段、何気なく毎日歩いてるグレイハウンドロードのフラットからハマースミス駅までの道を「噛み締めながら」歩こう、とかそういうことです。つか目の中に飛び込んでくるすべてを記憶するつもりで、ロンドンでの生活のすべてを本気で堪能しよう。
 もうすぐ、この生活が、この景色が、この人間関係が「当たり前ではない、思い出の中にしかない」日が来ることは確定している。だからこそ、その思い出がより鮮明になるように、よりディテールを思い出せるようにしよう。

 思えば、アタシが「空気感」なんていう曖昧模糊としたものに「こだわり出した」のは間違いなくこの時です。
 2023年になってアタシは「YabuniraDistrict」なんて<街>に特化したサイトを始めたけど、こんな楽しい施設があります、こんな美味しい店があります、こんな素晴らしい歴史があります、エトセトラ、そういうのは本当にどうでもいいし、そんなのはガイドブックでも見りゃ済むことです。
 ま、歴史はともかく、ロンドンってね、それこそ日本から12時間かけて、ン十万円かけて行くレベルでは「楽しい施設」も「美味しい店」もない。だからね、もちろん「どうしても大英博物館のミイラを見たい!」みたいな、はっきりとした目的があれば別だけど、漠然としたイメージしかない状態の人が、ロンドンに純粋に観光目的で行ってもそんなに面白くないと思う。つまりまったくオススメしません。
 じゃあどんな人にオススメなのか、いったいロンドンの魅力って何なんだ、この説明が非常に難しい。しかしもし、長々と説明するのではなくたったひと言で表現せよ、となったら、もう<空気感>としか言いようがないのです。
 ぶっちゃけロンドンほど<空気感>しか取り柄のない街も知らない。アタシが大好きな人形町も<空気感>とかメチャクチャ良いんだけど、人形町には<空気感>以外にも取り柄がある。美味い店もいっぱいあるしね。
 でもロンドンは<空気感>一点押し。しかもその<空気感>とやらも、ユルさやノリの軽さが合わない人もいるわけで、誰にでも合うかというと違うわけで。

 しかし一度ロンドンの<空気感>に取り憑かれた人間はもう抜けられない。英語が喋れなかろうが、おちおち風邪もひけなかろうが、メシも少なくとも日本に比べたら美味いとは言えなかろうが、そんなことは関係ない。

あと一ヶ月。

あと半月。

あと一週間。


 そして帰国の2日前になって、とてつもなくビッグなイベントがあった。


 残念ながらモロ仕事関係の話なので書けません。ひとつだけ言うなら「メチャクチャすごい人にお会いした」って話なんだけどね。もちろんイギリス人ですよ。しかもほとんどの日本人ならその名前を知るような人。
 実際に会う前はメチャクチャ緊張したんだけど、お会いしてみると、もうとにかく変な人で、たちまちファンになってしまった。何と言うか「その人がやってること」へのファンじゃなくて「ひとりの人間として」その人が好きになった。
 まァ、とにかく良い土産になった。んで、もう、ここまですごい人にも会ったことだし、さすがに気持ちを切り替えないとな、と。つかさ、たしかに日本には帰るけど、もう二度と来ちゃいけないってわけじゃない。来ようと思えば、ついでにカネさえあればいつでも来れるんだよ。だから悲しんでもしょうがないし、ここはひとつ、こっちの人を見習って、軽いノリで行こう!

軽~く日本に帰って
気が向いたら軽~い気持ちでロンドンに来るりゃいい


 「ボヤいてばっかりマン」ってのは↓か。


 何か、何の偶然か、ノムも軽いな。いやいや結構結構。軽いノリでないとね。どれだけ日本が重かろうが関係ない。アタシひとりでも軽く生きよう。ノムさんもあの世で軽いノリで行こう。
 軽く片付けられないことなんか山ほどある。実際この11年半の間にも極限まで重くなったこともあった。でもさ、それじゃあ、半年だけとは言えロンドンに住んだ意味ないんじゃないの?だってアタシがロンドンで一番学んだのは英語じゃない。つかもうだいぶ忘れたし。
 アタシが学んだもの、それは「ビクビクすんなよ、軽~く行こうぜ!」なんだから。






強制送還寸前になったり、買ったばかりのiPhoneを盗まれたり、マジいろいろあったわりには、今思い返すと「ぬるま湯に浸かっていたような、ふわぁ~んとした感覚」しか残ってないのですよ。つまりアタシの中でロンドンにはハードなイメージがまったくない。
実際特別治安がいいわけでもないし(ただし滞在中に銃声を聞いたのは一回だけ)、メシもお察しだし、何より英語が喋れないのに、何で居心地が良いのか、そんなのわかるわけない。だから<空気感>って何なんだよ、舐めてんの?と言われても困る。もうこれ以上は何も出ません。
ま、それはともかく、書こうと思ってたことの半分も書けなかった気がする。結局XperiaX10miniのことも、ワン・ダイレクションのことも、あとエミレーツ・スタジアムに行った時のこととかも入れ込みようがなかったので割愛した。
ま、この辺はいずれ番外編として書きますか。


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